木洩れ日に泳ぐ魚/恩田 陸

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☆☆☆
明日の朝には生活を共にしてきた部屋を出てバラバラに生きていくことが決まっている男女。しかし、いやだからこそ今晩中に話し合わねばならないことがあった。それはある男の死について。

冒頭からこの作品が向かうべき道は示されています。けれども2人の男女の関係や死んだ男の素性、死因などは中々明かされないまま進んでいきます。話が進むにつれて2人の気持ちは揺れ動き、そしてそれに合わせて様々な情報が明らかになっていきます。この作品は2人の心理描写と会話が交互に展開されていくことだけで進んでいきます。

一見するとミステリーに読めるあらすじですが、本書はミステリーではありません。これは、よく伊坂幸太郎の作品の書評に書いてきたことなのですが、最近の兆候として「誰かが死ねば」あるいは「何かしら謎があれば」すぐミステリーとして認識されしまうきらいがあります。私はこれは良くないことだと思っています。勿論読んだ人間が心からミステリーだ、と感じてそうカテゴライズするならそれは構いません。しかし本来謎解きではなく人間ドラマを主題とした作品にまでミステリーという帯を付けて作品を売れば、ミステリーを期待して買った読者をがっかりさせてしまいます。勿論逆も然りです。

この作品は正にその典型でしょう。本作はその謎を語りながら揺れ動く人間の心を描いた作品です。その意味ではミステリーよりも純文学に近いテイストかもしれません。作中で夏目漱石の「こころ」について言及されていますが、この作品も人の死とその原因に触れることによって2人の男女が自らの「こころ」を見つめなおし、苦悩にくれ、愛情を感じ彼らの人生を浮き彫りにしていく作品です。

作品としては彼らの関係性と1人の男の死という謎を孕んで進んでいきますから飽きずに読み進めていくことが出来ます。ただし、交互に展開される心理描写が重複していたり、時おりどちらの視点なのか分かりにくい描写もありややテンポには欠けます。それでも極めて有効な形でミステリーの要素を取り込んでいるため堅苦しくならずに読める、と言う点では非常に上手いプロットの立て方だと思います。恩田陸は人の心に潜む儚さを描くのがとても上手い作家ですね。

表紙がデスノートの小畑版の「こころ」もあわせてどうぞ
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こころ (集英社文庫) (集英社文庫)/夏目 漱石

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