新世界より 上/貴志 祐介

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☆☆☆☆☆
先月挙げた読みたい本リスト、ようやく1冊目読了です。

さて、本作は貴志祐介最新作にして彼の作品の中でダントツの長編でもあります。
舞台は1000年後の日本です。この世界に住む人々は誰もが「呪力」と呼ばれる超能力を使います。「呪力」に目覚めた少年たちは全人学級と呼ばれる学校で一般教養と「呪力」の使い方を学びます。その学校では、ポツリポツリと子どもたちが消えていきますが誰も話題にはしません。子どもには多くのことが隠された街、それが1000年後の日本です。

この作品に関してはあまり前情報がない状態で読んだ方が面白いです。一体この作品は何処へ向かおうとしているんだろう?と思いながら、まるで自分自身が作品に振り回されるかのように読んだ方が没入できるからです。ちなみに上に書いた簡易なご紹介にしても、ストーリーを構成する重要な要素の1つでしかありません。ちなみに超能力者同士が争うサイキック物ではないということだけは言明しておきます。

さて本作は貴志祐介が始めて取り組んだSFです。過去作にもいずれも高いポイントをつけている作者の作品ですのでかなり信頼感はありましたが、違ったジャンルに手を出したことによる不安があったことも間違いないです。しかし実際に手を出してみれば、そういった不安が杞憂であることは比較的早い段階で分かりました。それは私がSFを書く際に最も基本的かつ大切だと考えている要素が満たされているだろうことが分かったからです。
未来や過去、架空の世界などを舞台とするSFは膨大な嘘の集積で出来上がった作品です。つまりやろうと思えばいくらでも作者の好きなようなご都合主義な展開に持っていけるわけです。
しかし嘘で塗り固められた世界を描くということは、その世界をそれだけ慎重に造り上げていかなくてはいけない、ということです。
具体的には第一に、嘘で出来た世界であっても嘘なりに合理的な構成をしていなければなりません。例えば食物連鎖が逆になった世界を描きたいと思います。でもそうなると個体数の多い現状食物連鎖の下位にいる動物の生存を満たすだけの動植物が足りなくなって今います。こういった矛盾をどうにか嘘を固めながら合理的な論理でクリアーしていかなければならないわけです。それは実際に作品の表に出るものもあれば裏設定として存在しているが作品内で実際にかたられることの無いものもあるでしょう。この作品においても学校制度や政治運営の姿はある程度かたれますが、貨幣制度や宗教観といったものは書かれておりません。その意味でこの作品は極めて合理的な世界構成をしています。恐らく書いたもの書かなかったもの含め、この作品に登場する世界がどんな要素によって構成されているのか、それが作者の頭の中にはあるのでしょう。その結果非常にリアリティーのある世界が描けているんのです。
もう1つ大事な点を挙げると自分が一度作ったルールを破ってはならない、ということです。これはSFだけではなくどんな作品にも共通することでこれが破られると興ざめしてしまうのです。中でもとりわけSFがこのことに注意しなければならないのは、元が嘘でできているためにやりようによっては何でも出来てしまうという点です。自分の造ったルール破った分かりやすい例を挙げると、マンガドラゴンボールは初期の段階ではドラゴンボールを使えば死者を蘇らせることが出来るがそれは1度だけという条件がついていました。ところが話が進んでいくとそれが覆されてしまいます。そうなってしまうと「もう1度死んだらお終いだ」そう思ってワクワクしたり泣いたりしながら読んでいた今までの想いが全て崩されてしまうわけです。(とは言えこれは少年漫画での話ですから、やむを得ない部分もありますし、ドラゴンボールが名作であることには違いありませんが。)
話を戻します。勿論この作品ではルールが遵守されています。

この2つを守った結果本作は、素晴らしい作品になっているわけですが前者を作りこんだ結果か、上巻がやや説明過多になってしまっていますね。しかも必ずしも必要性が高いとは思えない点で。それを補うのが後者を守った結果無残に死んでいく主要キャラです。超能力を使う世界と言うことでどうにでも出来そうなものなのにこの作品ではかなり人が死にます。しかしそれが悲壮感とリアリティーを生みより一層作品にのめり込ませます。ちなみに貴志さんの得意の迫り来る恐怖から逃げ回るシーンもあります。ホラー作家貴志祐介みお健在ですね。

全体のテイストとしてはジョージ・オーウェルの「1984年」と「猿の惑星」を足したような感じです。個人的には「1984年」に近いテイストの方がが前面に出てくることを期待していたんですが、「猿の惑星」の方がより重視されている感じでした。(この2作品は近いテイストと言うことで便宜上上げただけで必ずしも似ているわけではありません)何にせよ極めてよく出来た作品ですのでお奨めです。今月初5つ星作品です。

そう言えば本屋大賞にもノミネートされましたね。これまでの傾向を見る限り、ある程度分かりやすく一般性がある作品が受賞していますので本作は受賞しないとは思いますが。