理由 (新潮文庫)/宮部 みゆき

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☆☆☆☆
荒川区の超高層マンションでおきた一家惨殺事件。しかし彼らはマンションの住民名簿に記載されている家族とはまるで違う人たちだった。ノンフィクションの手法を活用しながら社会を描いた傑作ミステリー。

自分で書いたあらすじがまるで帯か背表紙の文章のようだ。まるで説明が出来ていませんね。申し訳ない。

さて本書評ブログでは初登場の宮部みゆきです。実際は彼女の現代小説は大体読んでいるんですけどね。
実は本作に関しても数年前に読もうとしたことがあるのですが、半分程度まで頑張ったところで放置してしまいました。基本的に多少趣味に合わなくても本は最後まで読み通す派なので、多分忙しくて読めなくなって気づいたら筋を忘れてたとか、何かしら事情があったのだと思うのですが理由が思い出せません。
ただ、そんな中で1つ覚えているのは本作は宮部作品では唯一勢いに乗って読めなかったと言うことです。
その理由は冒頭に書いたノンフィクション風に書かれた文体に馴染めなかったからです。と言ってもノンフィクションはとても好きなジャンルなので、実際には宮部みゆきが本作で用いたノンフィクション的手法なるものが自分に馴染まなかった、ということですが。

ここで本作でいうノンフィクション的手法なるものと、あらすじのようなものを簡潔に説明させていただきます。
本作は全21章で成り立っています。これがそのまま視点の数となります。本作の場合は家族単位で物語られることがほとんですので視点の数=家族数となります。とは言え21章の中には重複する家族も相当数出てきますので(ex1章と7章と12章の家族が同じなど)、実際にはのべ21家族と言うことですが。その章内においては家族の中の1人の視点で話が進行するパートと、この事件の取材に当たった名前も性別も与えられていないノンフィクションライターが当該家族の関係者にインタービューするパートで構成されています。
さて、のべとは言いつつもあまりに視点が多い本作、なんでこんなことになるのかと言うと、被害者、加害者は当然としても目撃者や通報者と言った人たちに触れるときさえ、彼らの家族に遡って話が展開します。その結果がのべ21家族の登場と言うことになるわけです。
しかし本作がノンフィクション的手法をとられた理由こそがそこにあるのだと思います。本作には裏テーマとして、居住形態やそれに付随したコミュティー、文化の変遷、つまり「イエ」が変わっていく様を描こうとしたことが想像できます。しかしながら通常のミステリーの手法を使用すれば、自ずと視点は限定されますし、そこで無闇に話をあちこちに振り回せば腰のすわりの悪い話になります。そこで登場するのがノンフィクションです。例えば通常であれば容疑者の目撃者に聞ける話はその時の状況のみです。しかしながらこの手法を使えば彼や彼女の生活にまで立ち入った質問が可能になるため家族にもインタビューをとった様な体裁がとりやすいですし、被害者や加害者のルーツを探ると言った視点から彼らの家族や出自にも仔細に触れることが出来ます。このように相当数の家族に触れることによって、時代や地域、あるいは居住形態による「イエ」を浮かび上がらせることが出来るのです。

まるで社会学や地理学のテーマになりそうな「イエ」の変遷などをテーマに持ってくる辺りがいかにも宮部みゆきらしいですよね。他にも本作では不動産関係、特に占有屋に関する記述も多く、「火車」と並ぶ社会派ミステリー作品となっています。私にとって宮部みゆきは現代作家の中で松本清張の系譜を継ぐ数少ない社会派ミステリー作家です。清張ほど個別具体的な社会問題を取り上げているわけではありませんが、それでも彼女の作品は推理小説という枠には収まりきらない何かを感じます。
というわけで本作はかなりの力作であるわけですが、一方でこの手法はあまりミステリーには向かなかった気がします。ストーリー的なまとまりが損なわれるため、どうしても勢いが殺されてしまうんですよね。そういったわけでやはり「火車」と比べてしまうと若干評価は落ちざるを得ません。(まあ火車はこのミステリーが凄い!の過去20年の受賞作の中のベスト・オブ・ベストに選ばれるくらいですから、群を抜く作品ってとるのが普通かもしれません。)
とは言えそれを補うテーマとしてのまとまりはあるし、そこはそれ宮部みゆきの作品ですから間違いのない出来栄えであることも確かです。


火車 (新潮文庫)/宮部 みゆき

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