子どもが減って何が悪いか! (ちくま新書)/赤川 学

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☆☆☆☆
ここのところミステリーが多かったのでやや唐突な感じですが、今回はこの本です。
本書における著者の主張は「子育てしながら働きやすい環境を作れば少子化が止まる、なんて嘘だ!!」というものです。誤解の無いように言っておきますが、著者は男女共同参画社会自体を批判しているわけではありません。女性が働きやすい環境を作ることは大切なことではあるけれど、それは少子化を止めることには繋がらない、と主張しているのです。その根拠として「子育てしながら働きやすい環境を作れば少子化が止まる」と主張する論者がよって立つ統計データの読み取り方が時に間違って、時に意図的に曲解されている事例を具体的に検証分析していきます。

実は今作の肝はそこにあります。本書は少子化問題を嘆き、その是正策を提示しているわけではなく、統計データの嘘、統計データの論理的な読み取り方を紹介した本なのです。最近の新書の傾向としてタイトルと内容に大きな隔たりがあるものが多いですが、本書も広い意味ではその中に入るかと思われます。内容のごく一部をとりあげ、その中で最もセンセーショーナルな部分を編集者の意思でタイトルに持ってくる、ということが多いのでそういったことが起こるわけですが、最近は行き過ぎたものが多すぎると思います。とは言え本作は全篇通して「子育てしながら働きやすい環境を作れば少子化が止まる、なんて嘘だ!!」という主張が続いているわけですから、まだ良心的なタイトルとも言えます。

さて内容についてですが、読みやすく書かれているとは言え、限られた字数内で説明するのは難しいので、統計データの嘘について簡単な例を出すことに変えさせて頂きます。

例えば5月のうつ病発生件数が1年のうち最も多かったとします。ある論文の著者は5月が1年のうちで最も「降雨量」が多いことと結びつけ、降雨量がうつ病に影響すると書きました。さてこれは正しいでしょうか?
1年で最も雨が多い月とうつ病発生率が最も高い月が一致すれば、これは外見上間違ったことは言っていません。しかし5月が持つ特徴はそれだけではありませんね。4月から環境が変わる人が多いため、それに戸惑ったのかもしれません。天候は関係あっても雨の量ではなく、晴れの日が少ない、つまり曇りが多いことが原因かもしれません。また一般的に5月病という言葉が知られているため、自分が欝かも?と考える人が多く他の月よりも精神病院にかかりつける人が増加し、欝と診断される人が増えただけかもしれません。(実際にはどの月もうつ病率は変わらないのに精神病院にいかないために自覚症状を持ちにくい)この例だけで言っても他の可能性を検討することやより細かな分析が必要なことがわかると思います。

つまり何かと何かのデータにおいて相関関係が見られたとしても、実際の現象に影響を及ぼしているのはその裏にある別の要因の可能性があるのです。

本書は現在一般的に流通している少子化言説を、こういった統計学の立場から、それが果たして正しいのかを分析したものです。専門的な内容であるにもかかわらず非常に判りやすく書かれている点と、統計データに対して新たな視点を持つための素養を与えてくれるという2つの意味において、あらゆる人にお奨めできる本です。中でも卒論を前にした学生など、今後統計データを扱う可能性の高い方には特にお奨めしたいです。