夢は、世界中の再非行を減らし、笑顔を増やすこと

僕は、情けないことですが、再非行を増やし、笑顔を減らしてきた、元非行少年
今の夢は、世界中の再非行を減らし、笑顔を増やすこと
自分と未来は変えられる
でも、一人では変えられない


テーマ:

大人の一人として、子ども・少年たちを諦めたくない!

諦めない大人と手を組み、奇跡を起こしたい希望から、この投稿を書きます。

 

愛知県名古屋市に、名古屋みらい高等学院という、通信制高校のサポート校がある。

たった今、名古屋みらい高等学院は、10人の子どもたちの学びを保障するために挑戦をしている。

 

僕の信念は

自分と未来は変えられる

でも、一人では変えられない

 

去年の秋から、名古屋みらい高等学院の星野智生学院長(一般社団法人PFS協会代表理事)と

愛知県や大阪の少年院に、何度も一緒に面会に行っている。

すべての少年に学び直しの機会を届けたい。

 

今年の4月からは、僕は毎週金曜日に、名古屋みらい高等学院の学校に行かせてもらっている。

 

つい先日は、名古屋みらい高等学院の入学式に来賓として出席させていただき、新入生・転編入生の皆さんに祝辞を贈らせてもらった。

 

席に名前はあるけど事情があって入学式に本人がいない

施設の職員と出席

保護者が涙を流している

 

「今までいろんなことがあったと思います。

これからも、しんどいことがあったり、学校に行けなくなったり、生きてても意味がないと思ったり、親と喧嘩をしたり、いろんなことがあると思います。

でも、自分を諦めないほしい。

一人で諦めないことはできないから、家族や、学校の先生や、高校の仲間や、プライベートの友人や知人の大人に、本当にしんどい時は助けを求めてほしい。

しんどいと言ったり、助けを求める人は弱い人ではなくて、自分の弱さをさらけだせるのだから強い人です。

僕は学び直す機会はたくさんあったけど、踏み出すことができず、今も最終学歴は中卒。

皆さんが学びの場に挑戦する選択をして、スタートラインに立てていることを尊敬します」

 

不登校であっても

障害があっても

勉強やスポーツが苦手でも

家庭のお金がとても厳しくても

 

さまざまな全日制・定時制・通信制の高校の中から、自分が行きたい・挑戦したいと思う学校と出会ったら、すべての人に門戸が開かれるべき!

 

今回の名古屋みらい高等学院の挑戦は、家庭のお金が厳しい子どもや少年たちに、学びの機会を保障するために立ち上がったものである。

 

僕は、名古屋みらい高等学院に通いながら、学校の先生や、生徒と触れ合っていて、感じることがある。

みんながすごく自然に楽しんでいるので、僕も楽しい気持ちになり、笑みがこぼれてしまうし、学校に行くことが一つの楽しみになっている。

 

生徒の皆さんは卒業する時には、学歴よりも、勉強の知識よりも、もっと大切な宝物を心に抱くのだと思う。

 

生徒の皆さんが卒業するためには、さまざまな方のご協力が欠かせない。

協力のありかたはさまざまなカタチがあると思う。

 

今回であれば、クラウドファンディングを通して寄付をしたり

クラウドファンディングのサイトを、自分のSNSにシェアしたり

名古屋みらい高等学院のホームページを読んで、心の中でエールを贈っていただいたり

知人などに伝えてくれたり

 

僕は、自分にできそうなことは、一つずつやってみようと思います。

 

クラウドファンディングでは、3,000円の寄付を選択しました。

経済的に余裕がないし、僕一人の3,000円ぐらいだったら意味がないからやめとこうかなあと思ったけど、できることから行動してみようと思った。

寄付は、サイトをクリックしていくと、クレジットカードや振込などを選べて、そんなに難しくなくできた。

パソコンやネットの操作は苦手だけど、寄付はしたいと思う方がおられたら、名古屋みらい高等学院にお電話してみてください。

僕に電話してくれても大丈夫です。

必ず、ご面倒お掛けしないようにしながらクラウドファンディングの寄付に反映させていただきます。

僕の電話番号は、080-5567-9830です。

 

今現在の寄付の支援総額が、699,000円だから目標額までは、1,101,000円です。

367人の方が3,000円をご寄付してくだされば、10人の子どもたちの学びの機会が保障されます。

 

期限は残り4日しかないけど、諦めない大人が奇跡を起こして、子どもたちに諦めないバトンを繋げたい。

 

ご寄付を検討してくださる方は、以下サイトからお願いします。

https://readyfor.jp/projects/aichi-pfs-2280280/announcements/54851

 

 

すべての人は

自分と未来を変えられる

でも、一人では変えられない

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拘置所で面会をさせてもらった青年は、成人になってはじめて逮捕されたのではなく、少年時代にも何度か逮捕されている。
鑑別所、少年院、更生保護施設を経験している。
 
僕が、面会をさせてもらい感じた3つのこと。
すべて支援者に対して通ずることです。
①更生支援者、更生支援団体に対する信頼や期待よりも、不信感・警戒が大きく勝っている
②親子関係の修復がとても難しい状態になっている
③今まで青年と関わってきた支援者が、現在やこれからの支援に、登場する気配が感じられない
 
①~③は、僕の勝手な思い込みだったらいいけど、真実だったとしたらとても悲しいことだと思うし、日本の非行少年の支援機関、支援団体、支援者の課題だと思う。
僕自身も、再サポも、常に課題として真摯に自問自答しながら歩みを進めるべきポイントだとも思う。
 
今まで青年が関わってきたであろう支援者を考えてみたい。
警察官、鑑別所の職員、調査官、弁護士付添人、裁判官、少年院の法務教官、更生保護施設の職員、保護観察官、保護司は、現在の日本の制度上、必ず、彼と関わってきている。

今回は特に②が重要だと感じたし、自分自身も今まで支援を振り返り反省させられた。

支援者はずっと支援できるわけでもないのに、無意識なのか、少年と親の関係がよくなることよりも、少年と自分の方がよい関係になるような関わりをしてしまい、支援者が親子関係を悪くしてしまったケースもよく聞くことがある。

非行からの生き直しは、相互に信頼関係を築ける人を増やすことがとても大切だけど、同時にほんの少しでも親子関係をよくすることも重要だと思う。

自分を信じるためには、自分以外の誰かを信じれることがセットになって成立すると思う。

これからも、罪を犯した少年や青年や、その保護者と共に歩みながら、感じることを自分でも噛み砕き、自問自答しながら、さまざまな人とシェアしていきたい。
 
 
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15歳から関わりのある青年が、今は21歳になっている。
21歳になった青年は今は車屋をやっている。
僕も、21歳から約3年間、車屋をやっていた。
その時のブログがあったので、青年にブログのURLを送った。
 
青年は、15歳から21歳の今に至るまでの間に、僕と同じように鑑別所や少年院に入っている。
21歳になった今、車屋となり、必死に頑張っている!
 
↓21歳の時のブログ
 
↓23歳の時のブログ
 
ブログのIDもPWも完全に忘れたけど、ブログは残っていた。
 
青年にブログURLを送ったのはいいけど、上記のブログを書いていた時は暴力団組員ではなかったものの、毎日、暴力団の人と行動をしていた時で、車屋も、人材派遣(派遣先は複数のパチンコ店)も、暴力団の人から指導してもらっていたので、青年がすべてを参考にしてもらったら困るけど、元気に楽しく大切な知人に、自信を持って車を販売できる車屋になってくれたらいいなあと思っている。
 
21歳から約3年の車屋の時を振り返ると
21歳までは違法な車を転売していたけど、21歳からはオークション会場から正規の車を仕入れる権利を購入して、個人事業主として、正規の車の販売を始めた。
約3年間の販売方法は、在庫なしで、中古車情報誌やネットにも掲載せず、口コミのみの注文販売。
月の販売台数が3台以下になった月は一度もなく、約3年で約100台の車を、知人や、知人が紹介してくれるお客さんに販売した。
売り上げは、1年目が約3,000万、2年目が約4,000万、3年目が約5,000万(人材派遣業含む)となり、きちんと決算もして税金を納めた。
 
写真は、僕が23歳の時に、妻が書いてくれたもの。
妻とは結婚していなくて、彼女だった時。
この時は、個人事業主から株式会社に法人化をして、代表取締役となり、店舗を作っている時だった。
さまざまなストレスが影響して、体の全身に痛みが走ったので、病院に言ったら、即入院となった。
病名は、大腸憩室炎だった。
ブログにも書いているけど、入院期間は月の半分程度だったが、入院中も病院にお客さんにきてもらい、入院していた月は気合いで7台の車を販売したのが懐かしい。
 
車の販売も気合い入れていたが、遊びにも気合いを入れていて、写真のように点滴をつけたままバスに乗り、パチンコ屋に行って、点滴台をスロット台の横に置きスロットを楽しんだり、食事制限があったのにまったく守らずに食べたいものを勝手に食べたりしていた。
深夜まで遊んでいたら病院から電話がかかってきたりして、深夜に病院に戻り、裏口から入れてもらったりしたこともあった。
 
病院の院長にも、本気で車を売ろうと営業をしたけど、院長には買ってもらえなかった。
 
僕は、どこの車屋よりも本気で自信を持って販売していた。
 
でも、車屋をやっていた時は無免許だった。
無免許で車を仕入れて、無免許でお客さんのご自宅に納車に行っていた。
 
23歳の時のブログのプロフィールのところに、野望が以下のように書いていた。
野望 25歳 年商5億 30歳 年商10億 持ビル10棟 33歳 株式上場 38歳 自動車販売 派遣 飲食 福祉 不動産 大グループ設立 40歳 ビジネス界引退 10年間世界中のボランティア活動 55歳 総理大臣
 
最後には、総理大臣と書いているから、いろいろと恐るべしです。
 
調子の乗り、車も順調に販売し、売り上げも伸びていたけど、今、振り返ると、全身全霊を込めて、破滅の道に向かっていたことがはっきりとわかる。
 
理由は、主に3つ。
①暴力団と一緒に行動していたこと
②金銭感覚が狂っていたこと
③法令順守の意識がなかったこと
販売する車は正規だったけど、自分は無免許だったし、無免許のお客さんにも平気で販売していた
 
結果的に、24歳になった時には、すべてをすてて生まれ育った広島から愛知に逃げて、所持金も、仕事も、家もなく、やくざから追われて、知らない土地で車の中でホームレス状態からのスタートになってしまった。
 
21歳の青年は、破滅の道には向かわず、正道な車屋に向かってほしい。
 
↓ホリエモンのTED×Sapporoの動画
http://tedxsapporo.com/speakers/takafumi-horie/
 
僕のブログだけでは、青少年の健全育成というよりも、悪影響を及ぼすリスクを感じたので、最後にホリエモンの動画を視聴してもらえると助かります。
 
失敗を恐れず、夢に向かって挑戦し続ける志がカッコいいなあと胸に突き刺さるし、僕ももっと勇気を持って踏み出していきたいと思います。
 
 
 
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