翻訳苦労話 | INDIGO DREAMING

翻訳苦労話

日系企業さんの訴訟案件絡みでたまに翻訳作業を頼まれる事がございます。
私は翻訳資格を持っているプロでもないし、本当はあまりやりたくないんです。

「政府認定の翻訳者じゃないから私の翻訳は裁判所に提出する開示書類としては使えないわよ」

ということをはっきり伝えたうえで引き受けます。

弁護士にとってみれば出来るだけ多くの資料を早く読んでおきたいわけですが、プロの翻訳者は切羽詰まった仕事は請け負ってくれません。
資料のどの部分が訴訟に一番関連ある部分かどうか判断して優先順位を決めて効率よく訳してくれるわけでもありません。

そんなわけで有資格者でもない私が重宝がられてしまうわけです。
まあ、実務翻訳に限って言えば、商社でコレポンや契約書の翻訳もこなしていた私の方が、社会経験のない有資格者よりも実際使えるのではないかとは思います。

で、うちの事務所の弁護士ったら、あとで開示資料として翻訳を提出することになった段階で、私の翻訳書類にバンバンと証明印を押してもらうためにプロの翻訳者を雇ったことがありました。
ずいぶんと時間と費用の節約になってましたよ。
概算してみたら私の年給を軽々と超える翻訳料が浮いていました。

そんな使い勝手のいい雑魚社員のワタクシでございますがね~
日系企業さんの社内文書の翻訳にはホント泣かされておりますよ。

訴訟の時には社内文書も含めて関連書類を全部提出するわけですが、この社内文書がくせ者なんです。
社外に出すレターとかファックスは文章もはっきりしていますし第三者が読んでもすぐ理解出来ます。
会議録、稟議書、プレゼン資料あたりも事項が明確に書かれているのでだいたいわかります。

でも部署内で交わされたメールだの報告メモだのはそのまま訳せません。
そもそも内輪でしか通じないやり取りになっているのでございます。
その書類を読んだ後ではなく関連書類全部をくまなく読んで背景事情を全て把握した後でしかわからないです。
第三者が後で読むことになるなんて思いもせずに書いてらっしゃいますから、感情的だったり理論だってなかったり、訳すのがちょっと恥ずかしいとまで思えるような文書も混じっております。

どこの部署の誰が誰宛に書いてるのかさえわからない、上司が部下宛に喝を入れているように見える殴り書きの文書とか・・・
部署内でしか通じない省略語や業界用語もりだくさんの文書とか・・・
おまけに字が汚すぎて判読出来なかったり・・・

「このままやられっぱなしでいいのか!」
「その時は先方にも腹をくくってもらうしかない。」
「V社の長契は日油研の結果次第です。」
「とにかくいったん白紙に戻してもらえ。」

日本人ならなんとなく情緒的に受け止めてしまうこのような日本語もいざ英語に訳そうとすると・・・あの・・・だから

どこの誰が、どこの誰に、何についての何を、いつ、どこで、どのように?

見事に5W1Hが欠如している文章のオンパレード・・・・

曖昧表現を許さない英語で理解可能な文にするためには、日本語で省略されている主語や目的語や単数複数の区別などを推測して補足しなければいけないわけですけれども、日系企業さんの社内文書の場合、これに輪をかけて何のことを言ってるのか自体を補足しなければいけないことが多いのでございます。

やられっぱなしの相手はHE なのかTHEYなのか・・・
その時っていつのことなのか・・・
長期契約の何が影響を受けるのか・・・

いやもう、技術文書もいやですけど、簡単にみえるくせにめちゃめちゃ曖昧な文書の翻訳もいやですよ~。
勝手に想像して補ってみたものの推測が間違っていたせいで訴訟のなりゆきに影響がでちゃったりしたら困りますからね~。

まあ、社内スタッフという立場を最大限に活かして解決策を練りますがね。
弁護士には関連英語書類も参考として片っ端から見せてもらって事情把握に努めます。
訳文の完璧さよりも、誤解のリスク低減に重点を置くため、日本語の曖昧さと訳文を読むための心構えを弁護士にくどくどと説明します。
英語で理解しやすいように私が推測の上で補足した箇所を括弧でくくってどこが原文にない部分なのかをわかるようにします。

そうやってナントカしのぐわけでございますが、もし私がプロの翻訳者だったとしてこんなのが外注で来たらぜったい泣くでしょう。(いや、多分断る!)

日本企業の皆様、その社内文書、いつか社外に出ちゃうかも知れませんよ。
お気をつけ遊ばせ。

松沢 圭子
英語の発想で翻訳する―英語ロジックで日英翻訳の基本を学ぶ