ぼるが | しもりえにっき

 ここはぼるがです。西新宿のちょっと路地裏に入った所にあります。とある日の夕方、僕はここでお酒を飲みました。戦後、この辺一帯が闇市だった時代からあるという、それはそれは趣たっぷりのお店です。では中へ・・・といきたいところですが、時間をこの3時間ほど前に戻した所からお話しを始めましょう。

 ここは新宿駅西口構内にあるプロムナードギャラリー。ショーケースの中に飾られている絵画は、僕がアトリエで教えている生徒達の作品。ここに現れたのは・・・

 美術界の重鎮、画家・中村宏です。この日、突如この展覧会に来て下さるとの連絡があり、僕は大慌てで新宿へ向かいました。絵画教室の作品展を巨匠が観に来るなんて事は、普通はあり得ない事です。こんな滅多に無い機会、誰か生徒を呼ばなきゃもったいない!と、急遽上級コースに在籍しているお一人を電話で呼びました。

 中村先生は「なんだよ、生徒なんか呼び出したら講評しなきゃいけなくなるじゃねえか!」と言いつつも、全ての作品を一点一点丁寧にご覧下さりました。そして急遽駆けつけた生徒の作品も全部残らず講評して頂けました。この光景を横で見ながら僕は心の中で「いやー本当にすごいな!うちの生徒の作品を中村宏が講評している!」と、まるで幻影を見ているのかと錯覚するかのような気持ちでした。



 中村先生が多くの展示作品を見て歩く中で、ピタッと足が止まったのは、子供たちの絵の前でした。「子供の絵は理屈無しにいいよね。」とおっしゃいながら、まじまじとご覧になっていました。また、「全体的にレベルが高く、絵画教室の域を超えている」とのお褒めの言葉を頂きました。特に上級コースの生徒の中には、プロとして作家活動できるくらいのレベルに達している人もいるとの指摘も頂戴しました。

 この後、3人で喫茶店に入り、生徒が持参したポートフォリオにも、先生は全て目を通し、小一時間も芸術談義に花が咲きました。
 実はこの後、僕と先生はポール・デルヴォー展を鑑賞しに行く予定だったのですが、先生が「デルヴォ―、無しにしよう。」とおっしゃり、我がアトリエの生徒の講評に時間を割いて下さったのでした。先生、本当にありがとうございました!

 生徒と別れた後、先生と僕は無性に腹が減っていることに気づき、目の前にあった回転寿司に飛び込んだのでした。先生は青魚ばっかり、僕は白身ばっかりで腹ごしらえをし、いざ!街へ繰り出しました。


 そして、ぼるがへやって来るのです。

 ここは中村先生が静岡から上京したてのまだ若かりし頃から通っているという居酒屋。時は終戦からまだ5~6年しか経っていないという時代。当然先生もまだぺーぺーだった時分に、すでに巨匠であった大先輩によく連れてきてもらっていたそうです。その頃から、ここには画家や文人が多く集まって来て、芸術論を交わしていたのだそうです。まだ若くてお金が無い貧乏画家は、絵を描いて飲み代の代わりにしていたんですって。今は飲み代の代わりということではないでしょうが、お店の壁には絵がたくさん飾られていました。

 先生が若かった頃、雲の上の巨匠に連れてきてもらったように、今度は巨匠になられた先生が、ぺーぺーの僕を連れて来てくれたんだなーと思うと、身に余る光栄と喜びながらも、身が引き締まる思いでした。

 ぼるがを出たら、思い出横丁の但馬屋珈琲店で一服したのち、終電間際に家路につきました。前回先生と飲んだ時と同様に、この日も気づけば10時間もおしゃべりし続けていたのでした。
 でも先生、本当に感謝です!絵画教室の展覧会にまで来て下さり本当にどうもありがとうございました!!これからもどうぞよろしくお願い致します!

 中村宏先生の作品は、現在東京国立近代美術館で開催中の「美術にぶるっ!ベストコレクション日本近代美術の100年」で、そして今月18日からニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催される「Tokyo 1955–1970: A New Avant-Garde」でご覧になることができます。


絵画教室 下落合アトリエ
講師 村尾 成律
www.shimorie.com