ウォーレンダムもニケレンダムもオランダが干拓を行って耕地を広げた時から北海に面した小さな漁村であった。
 数年前の気候穏やかなある日曜日に、アムステルダムの雑踏から逃避し、田舎の雰囲気を味わいたくてそこへ出かけた。しばらく、干拓のために百年以上前に築かれた堤防の内側を車で走るとゴッホの絵のような跳ね橋が現れ、それを超えるとそこが小さな村の入り口であった。
方角もわからぬままに散策し始めると、傾いた石造りの教会が現れた。まだ見たことのないピサの斜塔を思わせる傾きかげんであったが、実際に村の人々が今でも日曜日毎にミサを行う場となっていることは、目で見て明らかであった(LAeq:60dB)。

しばらく路地風の狭い道を歩いていると、どこからともなく教会の鐘の音が聞こえてきた。その音が、車1台がやっと通るような石畳の狭い昔のメインストリートを、風に乗ってゆっくりと通り過ぎていくようである。
この道の両側に軒を並べて連なっている家は、その昔商いがなにであったかすぐ判る。
壁の最も目立つ位置に魚や野菜、果物、鳥、その他の彫刻が、我国のしっくい絵のごとく、はっきりとした輪郭で浮かび上がっている。
それが看板であり、文字でなく物をパターンで認識させていたこの彫刻であれば大人、子供、文盲など関係なく、必要なものを見つけられたであろう。

このような風景が、向こう側は小さく見えるくらい連なっている。先ほどの鐘の音は、これらの彫り物にうまく干渉されながら、長く細い道を通り抜け、ウィーンの学友教会大ホールの柱の彫刻を質素にしたのではないかと錯覚するほどである。
また軒並みの所々には、壁の魚の彫り物とは別にきわめて細長い船蔵がある。時は移ってもまさに漁村である。時折吹き抜ける風の音と鐘の音以外は、全く音がないような静を感じる空間である(LAeq:52~55dB)。


(株)エーアール共鳴するデザインのブログ-商いの看板があるウォーレンダム
商いの看板があるウォーレンダム


そこからどのくらいの距離であろうか、堤防を越えるとほどなく活気のあるヨットハーバーのような港に出た。堤防近くに車をとめ、全ての家が堤防より低い小さな集落に足を入れる。先ほどの港の賑わいは全くない。ほとんどの家が窓や扉、軒やその他の部分に赤や緑の色を施した、おとぎの国から出てきたのではないかと見違うばかりの、小さくて可愛い形で集落を形成している(LAeq:53~57dB)。

(株)エーアール共鳴するデザインのブログ-おとぎの国のようなニケレンダム
おとぎの国のようなニケレンダム

耳を澄ますと、ピンと張ったロープにきれいに干した洗濯物が、風になびく音と、時折家の中の小さな子供が、お母さんから何かを促されている様子が耳に届く。

 手漕ぎのボートで幅がいっぱいになるような小さな運河の両側にも、同じようなおとぎの家が連なっている。運河で泳いでいるガチョウの親子が休息できるように、小さなはしごがおとぎの国の家まで掛かっており、実際にガチョウが昇り降りする。

 この集落もミサに行く人たちの木靴の音が石畳と路地にこだまし、時折自転車のベルの音(Lmax:78~80dB)、それに音色の異なる鐘の音が遠く、あるいは近くの教会からきこえてくるもの(LAeq:55~65dB)。
このおとぎのような国では、景色のみでなく生活に密着したそれぞれの音が、はっきりした輪郭で、遠近とその方向まで、手に取るように把握できるため、心洗われるような気持ちになる。


福原博篤(1999)環境と測定技術 vol.26 No.8 pp.110-112 環境背景音考(13) 掲載済
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