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2017-11-19 11:03:38

世界は消滅する

テーマ:アルカディア通信

世界は消滅する

 

 一休といえば、子ども用のアニメやとんち話のようなもので知られています。しかし、それらは後年の創作であって、実在の一休とは何の関係もありません。そのような通俗的で分かりやすい教訓話とは縁もゆかりもない、優れた禅僧なのです。

 その一端は、残された一休道歌というものを読めばわかります。

 

 本らいもなきいにしえの我ならば

 死にゆくかたも何もかもなし

 

 この世に生まれてくる前は、私たちは非存在だった。そして、死んだ後もふたたび非存在となる。だから、自己というものは、生まれる前も死んだ後もそこにはない、ということです。

 

 私たちが持つ欲望というものは、自己というものを前提としています。私が在る、ということを無条件に前提しているところから、諸々の欲望というものが生まれてきます。

 私というものがあるところから無際限に欲望が湧いてきます。しかし、私などというものは、元々ないものだし、死後もないものであり、たまさかこの世に存在する100年に満たない時間だけにあるものだ。だから本質的に「私」などというものは無い、と考えるならば、欲望が生まれてくる余地がなくなります。

 

 ブッダは「無自己」ということを強調しました。これは大変な観念です。

「私はいない」ということが、もしも自分の中に定着したときに、突然「世界は消滅する」のです。

「私がいない」ということは、そこには何をする必要もありません。何を所有する必要もありません。何を達成する必要もありません。

 自己がなければ、野心を持ちようがありません。自己というものがあるからこそ、野心が生まれてくるのです。

 

 野心はこの世だけのことではありません。

 この世のものを望まないとしても、この世の欲望を捨てたことと引き換えに、あの世や来世の幸福や安寧を保障される、という野心を隠しているかもしれません。慈善や自己犠牲などというこの世の美しい行為の背後に、そのような欲望が隠されているかもしれません。

 欲望の対象が、いかに崇高であろうとも、欲望にかわりはないのです。

 

 たとえば、お金を欲しがる。あるいは名声を、権力を、社会的を欲しがる。これは浅ましいだろうか。

 では、悟りを求める。心の平安を求める。魂の覚醒を求める。これは崇高だろうか。

 いずれも欲望という次元では、同じです。ただ、欲望の対象が異なるだけなのです。

 

 ある者は、この世で健康で長生きをしたがる。この世で成功や評判や名声を欲しがる。あるいはいつまでも若々しく美しくありたいと努める。

 また、ある者は、楽園で神とともに永遠の命を得ることを願う。来世が安穏で平安に暮らせることを願う。

 どこに違いがあるでしょうか。違うとすれば、前者よりも後者の方が欲張りであるという違いしかありません。前者ではなく、後者の方がはるかに貪欲です。前者はこの世のほんのつかの間、欲望を満たすことしか望んでいません。しかし、後者は来世(!)や永遠(!!!)を欲望しているのです。

 

 つまり、精神世界にどっぷりとつかっている人の方が、はるかに欲が深いのです。

 自己というもの前提に考えるなら、どちらの欲望にも違いはなく、自己を美しく衣装をまとわらせて、この世から隠れながら欲望を肥大化させている姿が見られないでしょうか。

 

 生まれる前私は存在しなかった。死後もまた私は存在しない。生まれる前と死後の無自己の間に、自己は存在するのか。本質的には自己などというものが存在するというのが幻想にすぎない、ということを一休は歌っています。自己がない、ということは、世界もない、ということです。私たちは幻想のなかに迷い出ているばかりなのです。

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2017-11-12 08:43:09

ウジ虫の哲学

テーマ:アルカディア通信

 

 よく見られるエコロジカルな表現に「地球にやさしい」とか「地球環境を守る」というものがあります。私の会社も「地球を護る」という理念を掲げている以上、どうしても気になってしまいます。

 

 というのも「地球にやさしい」という言い方が、とても引っかかるのです。その意味するところは、地球環境を考慮した製品なり、サービスを提供しているという意味でしょうが、ここには、どうも人間中心主義のような考えが前提になっているような気がします。

 

 この地球上には、動植物や微生物も含めて無数の生物が生息しています。さらに、ガイア仮説に従えば、地球そのものも一個の生物としてカウントできるかもしれません。そうした無数の生物が共存する世界において、唯一、他の生物を抹殺することを平気で行える生物は、人類だけである、と言えます。

 

 もちろん、食物連鎖と言う仕組みがあって、他の生物の生命を摂ることによって生存を維持するというサイクルによって、地球上に生存してきました。このシステムを勝手に破壊してきたのが、人類です。言葉と貨幣、そして思考という道具を用いて地球を支配していると錯覚してしまったのです。

 

 しかし、他の生物の生存を脅かすばかりでなく、自らの生存も危うくなっているのが、現状です。ヘーゲルは歴史には、ある一定方向に進もうと進歩すると考えていたと言われますが、本当でしょうか。どうも、そうではないような気がします。

 

 地球にもっともやさしいことは、地球上から人類を消滅させること、という逆説的なことが考えられます。弁証法からすれば、ある考え(テーゼ)に対する反対の考え(アンチテーゼ)が提出され、その対立が高い段階へと止揚(アウフヘーベン)されて、一段高い段階の考え(ジンテーゼ)が生まれるということです。これを進歩というわけですが、どうも違うのではないかと思います。つまり、弁証法的な考え方からいえば、現在は、人類が最も進んだ段階にあり、あらゆる点で過去の人類史を凌駕しているはずです。

 

 しかし、現在の世界を眺めていると、とてもそのようには思えないのです。ある点では、たしかに過去のすべてを凌駕する点があることは認めます。AI技術とかインターネットなどの技術は、目覚ましい進歩を遂げています。しかし、同時に進歩した科学技術が生んだのも、原子力発電所という、使用済み核燃料は何万年も管理しておかなければいけないものを生み出し、その廃棄の方法を持たないでいるというのも現状です。

 しかし、このように矛盾した世界の中にいて、生きなければならない、というのも私たちの現実です。

 

 かの『学問のすすめ』の著者、福沢諭吉は面白いことを言っています。

「宇宙から見れば人間など蛆虫、人生は戯れ。しかし、戯れを戯れとせず真面目に勤めることこそ、蛆虫の本分なれ」

 人間という存在の矮小性という現実から目を背けず、その現実の中でやれることはやっていくことが、存在の証になる、ということを言っているように思います。

 

 現実は絶望的に見えるかもしれませんが、とにかく今自分が置かれている現実のなかで、できるかぎりのことをやるというのが「うじ虫の哲学」なのかも知れません。

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2017-11-03 11:34:58

仙人になる方法

テーマ:アルカディア通信

 

 中国の古い本に書かれていたお話です。

 

 ある村に仙人になりたいと思っている少年がいました。仙人になる方法を知ろうと親や村の大人に聞いて回りました。教えてもらうどころか、そんな変なことを考えていないで、しっかり勉強をしろ、とお説教されるだけです。

 

村では誰にも相手にされなくなったので、隣村に行って、仙人になる方法を聞いて回りましたが、迷惑がられるだけで、誰も相手にしてくれず、邪魔だからあっちへ行けと追い払われるばかりです。

 少年は諦めず、近隣の村に行って、仙人になる方法を聞いて回りましたが、反応は変わりません。それでも、少年は諦めず、いくつもの村を回って、仙人になる方法を聞いて回りましたが、誰も教えてはくれませんでした。

 

 ある村の酒屋に入って、主人らしい男に「仙人になる方法を教えてもらえないでしょうか」と尋ねると、「わかった、教えてやる」と答えてくれたのです。同じ質問をこれまで何万回尋ねたことでしょう。少年はようやく安堵しました。すると主人は言います。

「教えてやるけれども、この店の手伝いを10年やってくれたら、その暁には教えてやろう」と約束してくれました。

 

 少年は10年間無給で一生懸命に酒屋の仕事をしました。

 そして、ちょうど10年目の日になったので、主人に尋ねました。

「ご主人様、約束の10年目となりました。どうか、仙人になる方法を教えてください」

 すると主人は、約束を果たす代わりに、さらに期間の延長を申し出ます。

「お前は、まだ仙人になるための準備ができていない。あと10年、店の手伝いをしたら、その暁には教えてやろう」

 それを聞いて、少年は、既に若者となっていましたが、また10年間、酒屋の手伝いを無給で続けました。

 

 また10年がたち、若者は主人に尋ねました。

「あれから約束の10年が経ちました。どうか、仙人になる方法を教えていただけますでしょうか」

 すると、主人は、若者をじっと睨んでいいました。

「今のお前は、まだ、仙人になる心構えができていない。あと10年手伝いを続ければ、今度は必ず教えてやるから、しっかり仕事にはげみなさい」

 

 その様子を見ていた酒屋のおかみさんは、主人が仙人になる方法も知らないし、ただ若者をただ働きさせているだけということを知っていましたので、心が痛みました。主人を諌めたのですが、主人は根っからの悪賢い人間だったので、そのようなことは歯牙にもかけませんでした。

 

 さらに10年がたちました。若者は立派な青年となり、遊ぶこともなく、ただ朝から晩まで仕事一筋という生活でした。

「ご主人様、仙人になる方法を教えてください」

 若者が申し出ると、主人は若者に庭に出るように言います。

 

「庭に大きな桃の木がある。この木のてっぺんまで上りなさい」

 若者は主人に言われるままに、木のてっぺんにするすると登ります。

 木のてっぺんに登った若者に向かって主人は言います。

「では、そのままで、右手を離しなさい」

 すると、若者は右手を離します。

「次に、左手を離しなさい」

 若者は左手を離します。両手はフリーになった状態です。

「それから、右足を離しなさい」

 若者は右足を離します。もはや不安定な左足一本で木にとどまっている状態です。

 

 後ろからこの様子を見ていたおかみさんは、主人の悪辣な計略を悟り、大きな声を挙げて若者に、このような無謀なことをやめるように声を掛けましたが、それより一瞬早く、主人の声が庭に響きわたりました。

「それでは、左足を離せ!」

 その次に主人夫婦が見たものは、木から離れた若者が天に昇って消えていく姿でした。そして、天から大きな笑い声が聞こえたと言うことでした。

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