長編小説「日陰症候群は蒼を知らない」 107~またね、瑛斗くん…~ | 「空虚ノスタルジア」

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前回の話はこちら

 

108話はこちらから

 

 

 

「瑛斗くん、石倉が東堂組の人間だって本当に知らなかったの?」

「…はい」

 

 

今更な話ではあるが、大吹要はともかく、瑛斗くんが石倉についての一番重要な情報を「知らなかった」ってのはどうも腑に落ちない。彼は頻繁にキョウコの事務仕事を手伝っており、上村幸太郎や小久保真里の個人情報を密かに閲覧していたのだ。その気になれば石倉の背後などほんの数分で掴めそうなものだが…

 

 

「どっちでもいいでしょ?石倉の名前は聞きたくない」

 

 

鏡の空間からマンションに戻った現時点まで、ナギは終始不機嫌そうだ。まあ、無理もない、瑛斗くんの罰は俺らじゃなく、石倉が決めてしまったのだから…

 

 

「悪いがコイツのことも組に報告したぜ。この街を出るとしても連中が黙っちゃいない、こっちにはこっちのケジメってもんがあるんでね」

 

 

…あれからすぐに戻って来た石倉の言葉に俺らは勿論、零やオーナーさえ、言葉を失い、結局…

 

 

「コイツには東堂組の人間になってもらう。別に命までは取りやしねーさ」

「何だよそれ!瑛斗くんにヤクザになれってのか!?」

「それが最善な方法だと思うぜ」

 

 

東堂組としてはケジメも付けずにこの街から追い払えない。勿論、逃げ出せもしない。ならば、組に入り、組に貢献することをケジメにすりゃいい。

 

石倉の理屈は荒唐無稽に思えたが、オーナーの考えは違った。この街から追放してホームレス生活に逆戻りとなるよりは屋根のあるところで最低限の生活が保障されたヤクザとしての生活の方がマシだということだ。

 

 

「ちょっと待て。ナギや慧はどうなる?2人は直接の被害者だ、こっちのケジメってもんがあんだろ?」

「被害者?カメラがあるのを分かっていながらセックスしておいて被害者ってのは違うんじゃないっすか?それとも、他に全員の納得出来る案があるとでも?」

 

 

暫く続いた零と石倉の睨み合いは瑛斗くんの「分かりました」という了承により、幕を閉じた。ナギは「どうかしてる」とか「君の指図は受けたくない」などと反発の姿勢を見せたが、それ以外の案が何一つ思い浮かばない俺はただの空気となり、沈黙を守るだけだった…

 

 

 

「ういっす!準備出来たかー?」

 

 

俺らの不穏を煽るかのような石倉のテンションの高さに辟易しながらも、俺はとある疑問を抱いた。実際のところ、その疑問が過ぎったからこそ、沈黙を守ったのだと思う。

 

 

「君との結託も今日でおしまいだ。もうショーには誘わないから」

「そうカリカリすんなって、東堂組はけっこう良心的なんだぜ」

 

 

玄関先の小競り合いに、俺の疑問は答えに近付いた、そんな気がした。きっと、石倉は瑛斗くんが身体的に無傷でいられるように、東堂組に掛け合ったのだろう。じゃなきゃ、組織を裏切る奴を東堂組の人間がそう簡単に自分たちの領域へ招き入れるのは不自然だ。とはいえ、瑛斗くんの東堂組入りを手放しで喜べるほどおめでたくはないが、俺は石倉純という人間を誤解していたのかもしれない。

 

 

「本当に申し訳ありませんでした」

「全くだよ。明日から俺の飯の支度、誰がすんだよ?掃除も洗濯も買い物も…」

 

 

マンションの入り口には既に黒のベンツが待機しており、運転席には寡黙そうなスーツ姿の男の姿が見受けられる。本来ならば異様な光景にも映るのだが、最後まで素直じゃないナギの言葉に俺とカイルは日常を見出した。この街に留まるのに変わりはないんだし、その内、バッタリ会う可能性も十二分にある。だから俺らも情けない面構えより、笑顔を選んだ。

 

 

「瑛斗さん、どうかお元気で」

「瑛斗くん、瑛斗くんは俺の事嫌いだったかもしれないけど、俺は好きだったよ」

「カイル…慧さん…」

 

 

ボストンバッグを車に積むと、瑛斗くんは切ない顔して深々と頭を下げた。それは辛気臭さに満ちたものであり、油断すると泣いてしまいそうな雰囲気が漂う。

 

 

「…馬鹿だよ君は。本当に馬鹿だ」

「ナギさん…」

 

「そろそろ行くぞ、のんびりしてる暇はねえ」

 

 

石倉の促しにより瑛斗くんが車に乗り込んだ瞬間、「本当に馬鹿だ…」と、ナギは再び刺みたいな言葉を放つ。そしてそのまま部屋に戻ってしまい、俺はカイルと2人で黒のベンツを見送るのだった…

 

 

「…行っちゃったね」

「…きっと大丈夫。東堂組は良心的だから」

 

 

そっか。カイルは虐待を受けていたとき、東堂組に救われたんだっけ。カイルや石倉にとっては東堂組=正義なのかもしれない。勿論、俺はとてもそんな風には思えないが…

 

 

「…きっとまた会えるよね?」

「会えるよ、きっと」

 

 

夜を予告する夕間暮れの空がやけに哀しく映った。カイルの慰めは正直痛くて、それでもすぐに部屋に戻る気にはなれない。遠くの遠くを走り抜ける黒いベンツの名残と、瑛斗くんと過ごした日々の回想の中、俺は必死で涙を堪えながら佇むのだった…

 

 

(またね、瑛斗くん…)

 

 

 

(続く)

 

 

 

 

 

 

 

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