“愛里跨(ありか)の恋愛スイッチ小説(柚子葉ちゃん編43)” | 愛里跨の恋愛スイッチ小説ブログ

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43、暇乞いのために



柑太 「いらっしゃい。お疲れ」
萄真 「お疲れ。すまん、突然に来て」
柑太 「まぁ。上がれよ」
萄真 「あ、ああ」



柑太さんに促されて、
申し訳なさそうに靴を脱いで部屋に入る。
明義さんと会って病院から出た後、
すぐに家に帰ることができなかった萄真さん。
これは杞人天憂かもしれない。
でも確かにある。
抱える複数の問題とそれが解決へ向かわない焦り、
彼をオポネントと認識してしまった震盪。
あれこれ考えているうちに、
無意識にここへ足が向いていた。
ローソファに座る萄真さんを気に掛けながら、
柑太さんは冷蔵庫からコーヒーのボトル缶を取り出し、
「冷たいのしかないけど」と言って手渡した。
受け取った萄真さんは「サンキュー」と言うと、
缶に印字してあるブラックの文字をぼんやり見つめている。




柑太 「連絡もなくうちに来るなんて珍しいな。
   どうした。おまえらしくない。
   しかもなんだ、そのしけた面」
萄真 「……俺らしいって、なんだよ」
柑太 「突っかかるねー」
萄真 「……杏樹さんは」
柑太 「まだ帰ってない。
   天神でC班メンバーと駄弁り会なんだと。
   好きなお酒を飲んで、美味しい料理を食べて、
   上司や先輩の悪口を言い合って楽しんでいるだろ。
   それこそ、柚子葉さんも参加してるじゃないか。
   おまえも知ってるだろ」
萄真 「ああ。まぁ」
柑太 「何をふてくされてる。
   柚子葉さんと何かあったのか」
萄真 「……いや」
柑太 「ん?……あぁ。きっとあれだ。桐生明義」
萄真 「……なんで、そう思う」
柑太 「僕が何年、久々里萄真の親友をやってるか分かってるか?
   おまえがそういう顔をする時は、
   決まって柚子葉さん絡みで第三者の問題がある時だ。
   柚子葉さんの親友の採用問題、 
   柚子葉さんが元カレから絡まれた時、
   柚子葉さんの母親の金銭問題と坂野元の傷害事件、
   そして三週間前だ」
萄真 「……」
柑太 「おまえの顔に書いてんだよ。
   俺って男は『くそつまんねえ』ってさ」
萄真 「ここぞとばかりに遠慮なく言ってくれるね」
柑太 「ああ、ほざいてやる。
   遠慮なく何度でもな。
   間違ったこと言ってるか?僕は」
萄真 「い、いや」
柑太 「その面さげて家に帰ったら、
   柚子葉さんと気まずくなると思ったからうちに来たんだろ」
萄真 「ふっ。何でもお見通しか」
柑太 「ああ。
   でも。長年親友やってても、流石に僕にもわかんねえ。
   今、おまえがふてくされてる原因が何か、
   順序立てて説明してくれなきゃな」
萄真 「……そうだな」



萄真さんは手に持っていたボトル缶の蓋をひねり開け、
一気に飲み干すと辛さを払うように「はーっ」と力強く溜息をつく。
どうして気が滅入るのか、その原因が何なのか話し始めた。
明義さんの親友、和成さん訪ねて来た日。
玄関まで送った際、無理言って彼の車中でボイスレコーダーを聞いたと。
それをスマホに録音したことも打ち明ける。
事件当時の桐生兄弟の会話で隠されていた事実を知って、
入院する明義さんに会いに行き、自分が何を伝え、
再会した私が彼に何をいい、彼が何を言ったかも怒りに震えながら語った。
そして病院から帰る途中にここへ立ち寄ったとも。
項垂れる萄真さんの話を聞いて、
納得したように「そうか」と頷く柑太さん。
彼の呆れ面の下から少し怒った表情が浮かび上がる。



柑太 「送ってくると言ったわりには上がってくるのが遅いから、
   おかしいなとは思っていたけど。
   まさか、ボイスレコーダーを聞いてたなんて……
   剛田に会って暴言を吐かれて、どんな奴かくらい分かってたろ。
   それに碌な内容じゃないことくらい、おまえなら想像もついたはずだ。
   なのに無謀にも聞いた?
   しかもスマホに録音したって?
   柚子葉さんに聞かれたらどうするつもりだ!
   いますぐ消せ、萄真」
萄真 「……」
柑太 「おまえができないなら僕が消してやる。スマホを出せよ」
萄真 「おまえにも聞いてほしくて、さ。
   その後、すぐ消去する」
柑太 「僕も共犯にする気か」
萄真 「だよな」
柑太 「あーっ。分かったから早く聞かせろ」
萄真 「すまん」




萄真さんはジャケットのポケットからスマートフォンを取り出し、
ボタンを押してテーブルの上に置く。
床に胡坐を掻いて座る柑太さんも腕を組み、黙然と聞き入っている。
スピーカーから二人の言い争う声が響いて惨状が再現されると、
静かなリビングが瞬時に事件現場に変わり、
緊迫した音が二人の心拍数を急激に跳ね上げた。
聞き終わった後、萄真さんは消去ボタンを押し、
顔の前で両手を組んで目を閉じる。
呆れ返る柑太さんは重い溜息をついた。



柑太 「おい、萄真。
   これ聞いておまえに何かメリットがあったのかよ」
萄真 「柑太」
柑太 「あるわけないよな。
   じゃなきゃ、そんな面で僕んちにフラッと来やしないもんな。
   なんだ、これ。
   過去の柚子葉さんを貶めるような罵倒を聞かされただけだろ。
   なんで自分の首を自分で絞めるようなことするんだよ」
萄真 「……焦ってたんだ、俺。
   柚子葉の事件が全く進展してないのに剛田のことまで発覚して、
   また柚子葉に何か被害があったらって、
   俺にできることはなんだって考えたら玉城さんに頼んでた。
   剛田という人間がどんな奴か、聞けば分かると思った」
柑太 「あぁ。僕にもよく分かったよ。
   クソ野郎だったってことがな。
   そして桐生さんも偽善者だったってことも」
萄真 「……だよな」
柑太 「萄真。僕達には何もできないさ。
   ただ傍に居る自分の大切な人を、全身全霊で守ることしかな。
   だから言ったんだ。
   桐生さんと関わるなって。
   僕はおまえと柚子葉さんの性格をよく知ってるから、
   彼の存在が厄介な問題を生むだけだって予測できるんだ。
   当の本人達は何も見えてないから分かんないだろうけどな」
萄真 「……なぁ、柑太。
   何故柚子葉は、桐生さんに気持ちを打ち明けたと思う」
柑太 「……そうだな。
   僕が感じるのは桐生さんとおまえ、二人のためだと思う」
萄真 「自分のためじゃなく、俺達のためっていうのか」
柑太 「そうだよ。
   一つは、やっと手に入れた萄真との幸せを失いたくないからだろ。
   おまえの黒歴史を知った彼女が、
   みやこさんに嫉妬していたのは気づいてるか」
萄真 「ああ。分かってる」
柑太 「それと同じで、萄真が桐生さんに嫉妬するのを恐れてたんじゃないか。
   そしてその反対も。
   過去好きだった人間と今愛している人間が、
   自分がキッカケで憎み合って争うのは、
   彼女からすれば最悪の状況だよな。
   過去の再現フィルムを観せられるように映るだろうな、きっと」
萄真 「過去の再現……」
柑太 「それが原因で萄真との関係が崩れるのは、
   今の柚子葉さんにとって一番の恐怖だろうよ。
   もう一つは、自分の本心を伝えて、
   桐生さんとの過去に別れを告げたかったのか」
萄真 「暇乞いのため」
柑太 「不器用な彼女がしそうなことだな。
   いつもの冷静なおまえなら、
   僕に言われなくてもすぐに理解してるはずだろ。
   自分の彼女のことも分からないほど動揺してるのか?
   今のおまえは」
萄真 「柑太」
柑太 「それが分かったら、おまえのすることはただ一つ。
   今から家に帰って、
   柚子葉さんを抱きしめて愛してやること。
   彼女を安心させられるのはおまえしか居ないんだぞ、萄真」
萄真 「……そうだな」
柑太 「大丈夫か?本当に。
   今自分がどうすべきか、分かってるんだろうな」
萄真 「ああ。やっと目が覚めた。おまえのお陰だ」
柑太 「そうか。それなら、良かったよ」
萄真 「ありがとうな、柑太」
柑太 「おお。解決したなら帰ってくれ」
萄真 「柑太?」
柑太 「もうそろそろ杏樹が戻ってくる頃だし、
   居るはずのないおまえがうちに居たら、
   彼女が余計な心配をするからな。
   柚子葉さんを独りして何やってるの!って怒りだす」
萄真 「ふっ。あの子なら言いそうだな」
柑太 「それにだ。杏樹が帰ってきたら真っ先に、
   思い切り抱きしめてやろうと思ってるんだよな。
   『あぁ。柑太ー、もう勘弁してー』って、
   歓喜の雄叫びを上げるくらいさ。
   だから萄真、おまえに居座られると非常に困る」
萄真 「なんだよ、それ。
   ふっ。そうか。
   そういうことなら邪魔者は退散するかな」
柑太 「おお。邪魔だ、邪魔だ。
   おまえだって、もうすぐ柚子葉さんが帰ってくるだろ。
   家に居てやらないと本当に心配する」
萄真 「そうだな」
柑太 「でもさ……
   酷いわ、萄真ちゃん。
   私という女がいながら、毎晩あの子と抱き合ってるんでしょ。
   だから私だって、萄真ちゃんにヤキモチ焼かせるわよ。
   『柑子、俺が悪かった』って私を抱いてくれるまでお仕置きよ」
萄真 「お、おい……
   柑子。この埋め合わせは必ずするわ。
   今度会った時は一晩中眠らせないから。それで許して」
柑太 「その言葉に二言はないわね。
   いいわよ。それで手を打つわ。
   それまで寂しいけどお別れね、萄真ちゃん」
萄真 「……ぷっ。もう止めろよ。
   こんな時にオネエ言葉なんて」
柑太 「おまえもしっかり乗ってるじゃん。
   萄真殿、お主も好きよのう。グヒヒヒヒッ」
萄真 「ったく。変わんないな、その性格」
柑太 「あの罰ゲーム以来、
   なんかしっくりくるんだよな、オネエ言葉」
萄真 「そうかもな。あのやんちゃ娘二人のお陰かな」
柑太 「やんちゃ娘か、そうだよな。
   良かった。完全に吹っ切れてみたいだな。
   いつもの萄真だ」
萄真 「ああ。もう大丈夫だ。サンキューな、柑太」
柑太 「おおよ」

   


二人は顔を見合わせてふっと鼻で笑い合う。
学生時代からこれまで、
喧嘩しながらもスクラムを組んで喜怒哀楽を共にした二人。
互いの絆をその微笑みが表していた。
萄真さんは柑太さんと友情のハグをすると、
「おやすみ」といって帰っていく。
柑太さんは「頑張れよ」と言って手を挙げると、
彼がエレベーターに乗るまで優しい眼差しを送っていた。







午後9時半。
病院の消灯時間はとうに過ぎて、
ナースステーションの白い灯りが、
病棟の薄暗い廊下を照らしている。
明義さんは病室の窓辺に立ち、
人も街の灯りの少なくなっていく外の世界を眺めていた。
突然やってきた萄真さんに迫られた私との決別。
ベッドに横になることもできず、
目的を失って心にぽっかりと穴が開いた虚無感に襲われる。
それと同時に抑えていた激しい感情に堪えかねて、
頭をかきむしり「くそぉ……」と呟き悔し涙を流した。
そこへ、様子を見に来た玉城成美さんがやってくる。
彼女はベッド脇のサイドチェスト上に、
みかんの入ったビニール袋を置く。
そして背中を向ける明義さんに明るく話しかけた。
署長さんの様子や署の事件対応の報告、
和成さんが萄真さんの工房に立ち寄ったことも。
けれど明義さんは相槌は打つものの無表情で、
饒舌に語る彼女を見ようともせずに口を噤んでいる。



玉城(成)「アキ。温州ミカン買ってきたの、食べる?」
桐生  「……」
玉城(成)「試食させてもらったらすごく甘かったのよ。
    今期は糖度が高くてコクがあるって店主が言ってたわ。
    みかんって冬の味覚の代表よね。
    アキと並んで好きなテレビ観ながら、
    おこたに入って背中丸くして食べたらサイコーだと思わない?」
桐生  「……」
玉城(成)「アキったら、人が話してるのにつれないの」
桐生  「……ちゃんと聞いてる」
玉城(成)「そ、そう?
    アキ。明日はやっと退院だし、
    要らない荷物先に持って帰ろうか?」
桐生  「……ああ……」
玉城(成)「どうしたの?」
桐生  「……」
玉城(成)「んー。あぁ!なるほどね。
    退院した後、署長と面談があるから、
    どんな処分を言い渡されるのかって今からビビってる?
    大丈夫よ。
    アキが誰かを傷つけたわけでもないし、
    桐生警視正の監視下だったんだから、
    私的事情も考慮してくれるわよ」
桐生  「はぁ。そうだな……」
玉城(成)「もう!アキらしくないよ。
    ちょっとやそっとのことではへこたれない桐生巡査部長が、
    まだ出てもいない処分を気にして溜息つくなんてさ」
桐生  「……」
玉城(成)「ねえ……本当に、どうしたの?
    もしかして、体調悪い?
    どこか調子悪いなら無理しないで、
    もう一度主治医に症状を話してさ……アキ?」
桐生  「……くっ……」
玉城(成)「アキ……泣いてる?
    何かあったの?
    もしかしてお母さんの病状が悪くなったとか。
    それとも、お兄さんのことで、また何か……」
桐生  「……」
玉城(成)「ゆっくり話せる機会なんて滅多にないんだからね。
    それとも話すなら私よりお兄ちゃんのほうがいい?
    今からお兄ちゃんに連絡してあげようか」
桐生  「成、美……」
玉城(成)「えっ……おお!初めて名前で呼んでくれた」
桐生  「成美……僕は。
    僕はこれから……どうすればいい……」
玉城(成)「……アキ。
    私、何でも聞くから。
    独りで抱えてないで話してよ。
    もしかして。岡留、柚子葉さんのこと?」
桐生  「柚子葉、さん……」



心配して近づく彼女の腕を掴み、
明義さんは強い力で抱きしめた。
感情に身をゆだね、彼女の耳元で苦しそうに話し出す。
萄真さんが会いに来て話した要望、
私と再会した時のこと、そして気持ちを打ち明け合ったこと。
脆く今にも消えそうな声とは対照的に、
ダムの放流のように勢いよく流れ出す感情。
突然のハグに一瞬困惑していた玉城さんも、
暫くそのままの状態で天井を見上げ、
相槌を打つことなくただ聞いていた。
話し終わった後、明義さんは更に強く彼女を抱きしめる。
胸に溜まった複雑な気持ちが溢れだしそうになるのを、
全身振るわせて力任せに押さえつけようとしているようだ。
その悲しい震えを直に感じ取り、
彼の愛を掴めない憐れな自分に重ねて彼女も目を潤ませた。
けれど切ない気持ちを振り払うように明義さんから離れると、
両肩に触れて呆れたように柔らかく微笑む。


涙


玉城(成)「誰かを守るヒーローって、辛いね」
桐生  「くっ……」
玉城(成)「アキ。知ってた?
    バットマンとかスパイダーマンとか、
    デッドプールの俺ちゃんとか。
    私達がよく知る海外のヒーロー達って、
    今のアキみたいに辛い涙を流してるのよね。
    多くの人を助けても、たった一人の愛する女性を守れず、
    自分のせいで彼女を逝かせてしまったってね」
桐生  「……」
玉城(成)「大勢の人を救うには、
    自我を捨てて恋人を犠牲にしなきゃいけないんだよ。
    危機を脱してホッとして、我が家に戻った時には彼女は居ない。
    そしてアキのように辛さや悲しみや罪悪感を抑え込んで嗚咽を漏らすの。
    私達警察官の仕事もそう。
    市民を犯罪者から守るためには、家族、夫婦、恋人、友人……
    一旦制服を着て現場に出れば、
    大切な人をなおざりにしないと職務なんて全うできない。
    私的感情を捨てないと人を守れない。
    だからアキのその涙は、当たり前なのよ」
桐生  「成美……僕は、間違っていたのかな。
    彼女を守りたいって思うのは、エゴなのかな……」
玉城(成)「ううん。間違ってるとは思わない。
    エゴとも違うって思う。
    でも……岡留さんを守るのは僕だけだって、錯覚してると断言できる」
桐生  「……錯覚」
玉城(成)「アキが守ろうとしているのは、今を生きてる岡留さんじゃなくて、
    アキの過去に生きてる彼女だと思う」
桐生  「僕の、過去」
玉城(成)「そうよ。
    私にはアキが存在しない幻影を追いかけてるように見える。
    アキが学生時代、彼女を救えなかった時点で、
    貴方は想い人を失ってしまったのよ。
    スーパーヒーローみたいに。
    実態のない者を抱きしめることはできない。
    だから苦しいの。辛いの。悲しいのよ。
    でもね。人はその感情から多くを学ぶものよ」
桐生  「柚子葉さんが……幻影?
    そんなわけないだろ。
    僕達はあの日、気持ちを確かめ合ったんだ。
    そして実際に彼女は僕の目の前に居て、
    彼女の肩にマフラーを巻いて……『温かい』って言った。
    彼女が僕に差し出したハンカチだって、今も持ってて、
    確かに、この手で……柚子葉さんを抱きしめたんだ。
    だから幻影なわけがない。
    僕の愛する柚子葉さんは確かに存在してるんだよ!」
玉城(成)「それは、シンクロニティだよ。
    貴方がいつまでも先に進めないから、
    過去の彼女が少しの間だけ姿を現してくれたの。
    これはアキのターニングポイントなのよ。
    だって岡留柚子葉さんは、
    久々里萄真さんの腕にしっかり抱き留められてて、
    たくさんの人の愛情に包まれてるもの。
    もう、アキとは別の世界を生きてるのよ」
桐生  「……僕の柚子葉さんは、居ない」
玉城(成)「そうよ。もう居ないの。
    でも、アキの傍には私が居る。
    お兄ちゃんも、アキのお父さんや家族も。
    署のみんなだって、アキが復帰してくるの待ってるの。
    アキはアキの世界を生きなきゃ」
桐生  「……そんなものがどこにある」
玉城(成)「ここにある。
    貴方の目の前にあるの。
    アキ。私を見て」
桐生  「……」
玉城(成)「私はアキを愛してる。
    貴方から何度フラれても、愛してる」
桐生  「……成美。
    こんな情けない僕なのに、何故そんなに」
玉城(成)「情けないアキだから、私が守ってあげるの。
    私ならスーパーヒーローの恋人になってもやられたりしない。
    一緒に戦ってやるわよ。
    これでも合気道参段なんだからね」
桐生  「君は、本当に……僕の恋人になるつもりでいるのか」
玉城(成)「ええ。アキから拒否られない限りね。
    桐生明義。貴方は独りじゃないの。
    私がずっと傍に居るんだから、孤独じゃないわ」
桐生  「……ありがとうな。慰めて、くれて」
玉城(成)「ふっ。どういたしまして。
    ってそこで『じゃあ、僕の恋人になってくれ』
    とはならないわけね」
桐生  「……ふっ。残念ながら。今はまだな」
玉城(成)「うん。今はまだ、ね」



涙を流しながら弱々しく微笑む明義さんを、
母親のように温かく包み込む玉城さん。
彼女の冗談交じりの元気トークと、
明義さんを想う一途な愛が、
少しだけ彼の頑な心をほぐし癒したのだ。









タクシーに乗って帰ってきたほろ酔いの私は、
冷たくなった指でインターフォンを押す。
しかし待っていても全く応答がない。
お風呂でも入ってるのかなと思いながら鍵を取り出し、
ドアを開けて「ただいまー」と声をかけながらリビングに向かう。
部屋の隅に置かれた間接照明の灯りはついているのに、
萄真さんの姿はそこになく、
ローテーブルの上に飲みかけのコーヒーがあった。
お風呂かもしれないと思ってバスルームに行ってみる。
脱衣室のランドリーバスケットの中には彼が今朝来ていた服があって、
お風呂を済ませていることは分かった。
今までこんなことはないなと不思議に思いながら、
「萄真?」と声を掛けながらひと通り部屋中を見渡し、
工房まで下りてみたけれどやはりここにも居ない。



柚子葉「話したいことがあったのにな。
   どこに行っちゃったんだろ」


タクシーを降りた時、
駐車場にトラックも乗用車も停まっていたのは確認している。
きっと近くのコンビニに買い物でも行ったかなと思い、
私は先にお風呂に入って萄真を待つことにした。



入浴を済ませパジャマに着替えた私は、
半渇きの髪をタオルで拭きながら出てくる。
すると、あれだけ探しても居なかった萄真さんが、
リビングに居てドキッとさせられた。
咄嗟に「ただいま。おかえり」と、
一人問答のような挨拶を口にした私。
萄真さんは何も言わずにすっと近づくと、
腕を掴んで力強く胸に抱き寄せ、
あっという間に私をソファに押し倒した。

 

 

柚子葉「萄真、あの、ん、んんっ……」

 

 






「何処に行っていたの?」と聞く暇も与えず、
開いた口はすぐに彼の口で塞がれた。
求めるように絡む彼の舌が私を強引に責める。
優しくソフトな彼とは違い、
今夜の彼は情熱的で魅惑的で、
私の全てを食べつくすように、
指を舌を容赦なく這わせていく。
見る間に生まれたままの姿にされた私は、
一瞬で萄真さんに落とされてしまったのだ。




ゆっくりと目を開けると私はベッドの上に居て、
いつもの穏やかな笑みを浮かべる萄真さんが添い寝している。
長い指が私の髪に頬にと優しく触れて、
彼の柔らかい唇は再び私の唇を捉えた。
互いの息を感じるくらい近くにいる官能的な萄真さんを、
潤んだ目で見つめかえす。
数分前の別人だった彼を思いだし、
またも感じる戸惑いと恥ずかしさから私は毛布で顔を隠した。



萄真 「どうした?柚子葉」
柚子葉「だ、だって、いつもの萄真じゃないから、
   びっくりして恥ずかしくて」
萄真 「……いつもの俺、か」
柚子葉「う、うん」
萄真 「今の俺も、いつもの俺なんだが」
柚子葉「ただいまって言ったのに、
   何も言わずに、いきなりだったから」
萄真 「あのね。
   男にはそういう気分になる時があるの。
   そういうの知ってて」
柚子葉「そうなの?」
萄真 「そうなんだ」
柚子葉「……うん。分かった」
萄真 「それと……嫉妬してる」
柚子葉「えっ」



萄真さんは急に真顔になり、
力強いその眼は心を測るようにまたも私を捉える。
その濁りのない綺麗な瞳はなぜか悲しげで何かを言いたげで、
私の心臓はドクンと大きく波打つと激しく鼓動を始めた。



柚子葉「……嫉妬してるって、何?」
萄真 「俺は柚子葉の初恋相手に嫉妬してる」
柚子葉「萄真……」
萄真 「俺の愛する柚子葉の愛情が、一瞬でもあいつに向くのは嫌だ。
   それが偶然でも、暇乞いでも」
柚子葉「と、萄真。なにか勘違いしてない?
   私が愛してるのは萄真だけで」
萄真 「分かってるよ。だけど嫌だ」
柚子葉「分かってるのに、そんな風に言うの?
   私を、責めてるの?」
萄真 「いや。俺は、俺を責めてる」
柚子葉「萄真」
萄真 「なんて馬鹿なことをしたんだろうな、俺は。
   かっこつけて物わかりのいい男を演じて、
   あいつを受け入れて結果君を傷つけてる」
柚子葉「萄真。私、傷ついてなんか」
萄真 「柚子葉、愛してる。
   君をあいつに渡したくない」
柚子葉「萄真、私も愛してるよ。
   大丈夫。私は貴方の傍に居る。
   何処にも行かないし、
   もちろん、明義さんのところにもいかない。
   しわくちゃのおばあちゃんになってもずっと、
   萄真と一緒に居るんだからね」
萄真 「柚子葉。
   ……今日な、仕事終わって、病院に行ったんだ。
   あいつに会いに」
柚子葉「えっ」
萄真 「柚子葉から手を引いてくれって言ってきた。
   俺さ……あいつが脅威に見えたんだ。
   俺には君を守る腕力がない。
   あいつのように剣道はもちろん、
   相手の動きを封じて取り押さえる技術もない。
   柚子葉から遠ざけたい相手を拘束する術も資格も、ない。
   でも、あいつにはそれが堂々とできるんだよ」
柚子葉「そ、そんなの、当たり前だよ。
   彼は警察官なんだもの。それが彼の仕事なんだから」
萄真 「もし。君が坂野元や剛田から襲われたら、
   情けないことに、俺はあいつに頼るしかないんだ。
   俺ができることと言えば、君の前に立ちはだかって、
   この身体を盾にすることしか、できない」
柚子葉「腕力じゃなくても、
   萄真の愛情がしっかり私を守ってくれてるよ」
萄真 「男としてどっちが勇敢だよ。
   どっちが君のナイトに相応しい」
柚子葉「萄真だよ」
萄真 「……柚子葉」
柚子葉「私は今の萄真がいいの。
   何でも完璧にこなす萄真なんか求めてない」
萄真 「……」
柚子葉「私は貴方以上に、いろんな萄真を知ってるのよ。
   萄真の愛し方が好き。
   キスも愛撫も、抱き合った後の優しいハグも。
   時に子供のように私の胸に甘える萄真も好き」
萄真 「柚子葉」
柚子葉「私が弱音を吐いた時、
   少し怒った表情といたずらっ子を叱るような口調が好き。
   少し強引で、押しの強い萄真の行動力が好き。
   柑太さんとオネエ言葉でじゃれ合うお茶目な萄真が好き。
   センスが良くて大人カッコいいのに、少年のようにアニメが好きで、
   ギャップ萌えしちゃうくらい魅力的な萄真が好き」
萄真 「えっ!?なんで、知ってる」
柚子葉「寝言でも社員に仕事の指示を出してる仕事人間の萄真も好き。
   困ったような可愛い目で私を見つめる今の萄真も……
   まだ言わせたい?」
萄真 「もう十分だ。
   好きのフルコースで胸いっぱいだよ。
   しかし参ったな、なんで知ってるんだ?
   誰にも知られずに今まで隠し通せてたのに」
柚子葉「萄真のお気に入りのアニメは?」
萄真 「……“無名おやじの異世界転生記”」
柚子葉「そんなアニメ知らない」
萄真 「ジェネレーションギャップって言うなよ。
   4歳しか違わないんだから」
柚子葉「どんなアニメなの?」
萄真 「毎日残業残業でくたびれてる38歳の無精ひげ男が、
   5年付き合った彼女に袈裟懸けでフラれて、
   自暴自棄になって川に飛び込んだら異世界に飛ばされるって話」
柚子葉「へーっ。面白そう。コミック持ってるの?」
萄真 「ああ。書斎クローゼットの一番下のボックスに入ってる。
   好きな時に出して読んでいいよ」
柚子葉「やった!」
萄真 「俺がアニメ好きって、柑太に聞いたのか?
   あいつこそ本格的なアニメオタクで、
   これは柑太の影響だからな、完全に」
柚子葉「えへへ。
   引っ越しの日、アニ研のアルバム見ちゃった。
   内緒にしててごめんなさい」
萄真 「なんだ、そうだったのか。
   まぁ今更、柚子葉に隠すことなんて何もないけどな」





気取らない楽しい会話でセクシーさが少し和らいだ彼。
照れながら話す萄真さんが子供のように見えて、
その意外な一面がとても愛おしくてたまらない。



柚子葉「萄真」
萄真 「ん?」
柚子葉「話したいことがあるの」
萄真 「なんだ?」
柚子葉「あのね。
   私、年内に実家の道具を処分しようと思ってるの。
   一言で言えばプチ引っ越しね」
萄真 「えっ。そんなことしたら母親と会わないといけなくなるぞ。
   それでもいいのか、柚子葉は」
柚子葉「本音は、会いたくないけど。
   でも、ここで戦わなきゃ、女が廃る」
萄真 「柚子葉」
柚子葉「無理なく自分ができることをして、過去と完全決別するの。
   それに、巡回で立ち寄ってくれた玉城さんが言ってたのよ。
   ずっと実家の灯りがついていないって」
萄真 「ああ。そう言ってたね」
柚子葉「きっとあれからずっと、あの男と一緒にいるんだと思う。
   それならできるかもって思ってね。
   合鍵持ってるから開きさえすれば、
   ささっと家具も持ち出せるし」
萄真 「事件が未解決なのにかなり危険だぞ。
   もしもを考えると賛成しかねるが」
柚子葉「瀬戸口くんが手伝ってくれるって言ってくれてるのよ。
   笹森くんも杏樹さんも。
   瀬戸口くんは元自衛官だし、
   その前はアメリカに住んでて海兵隊に居たんだって」
萄真 「へー。それはすごいな。
   実践を体験してるってことか」
柚子葉「そうみたい。
   だから万が一、坂野元と鉢合わせになっても、
   彼が心配ないって言ってる」
萄真 「柚子葉がやれると思ったなら、やってみればいいよ。
   俺にできることがあるなら遠慮なく言えよ。
   ただ、杏樹さんが一緒なら柑太の了解も得ること。いいね」
柚子葉「分かった。
   萄真の力が必要な時はちゃんと相談するね」
萄真 「ああ」
柚子葉「でも。萄真には仕事に集中してほしい。
   ここ最近、私のことで休ませたり、
   出かけてても呼び戻したりして、かなり迷惑かけちゃったから」
萄真 「ふっ。分かったよ。
   柚子葉。俺も君に話があるんだ」
柚子葉「何?」
萄真 「俺も近いうちに、
   みやこさんの日記を彼女のご両親に返そうと思ってる」
柚子葉「えっ」
萄真 「それが片付いたら、兄貴と杏輔、俺の親に会ってほしい。
   婚約者として紹介したいんだ」
柚子葉「萄真」
萄真 「本当は坂野元の件が解決したらって思ってたんだけどね。
   早いほうが君のためにいいと思って」
柚子葉「はい、喜んで。
   ずっとお会いしたいって思ってたの。萄真のご家族に」
萄真 「そうか。
   それで?プチ引っ越しの決行日はいつ?」
柚子葉「みんなの休みがかち合う12月6日金曜日、友引」
萄真 「えっ。一週間後じゃないか。
   そんなに早くしたいのか」
柚子葉「うん。年末になるとみんな忙しくなるから。
   でも早いに越したことはないでしょ?」
萄真 「そうだけどな。
   分かった。俺もスケジュール確認しておくよ」
柚子葉「うん!」
萄真 「柚子葉。
   これからは、今まで以上に二人で相談し合って、
   すべきことは一緒に積み重ねていこう。
   そして暇乞いすべきことは協力し合って解決していこうな」
柚子葉「うん。
   萄真。私を救ってくれて、愛してくれてありがとう」
萄真 「俺こそ、たくさん俺を好きになってくれて、
   愛してくれてありがとうな」



本当に不思議。
萄真さんの言葉はまるで魔法の呪文のようで、
キラキラした粒子となって胸の真ん中に浸透してくる。
彼が傍に居てくれるだけで、
あれだけ不安に思っていたことも、
問題なくあっさりとやれちゃう気がする。
言葉を交わせば交わすほど、
肌の温もりを感じ合えば感じ合うほど、
自信も決意も愛情も、揺るぎないものになっていく。
ベッドルームのフロアライトの深いオレンジの光が、
愛し合う私達を浮かび上がらせるように照らす。
私は頬張りするくらい心地いい彼の胸に抱きしめられて、
至福の眠りについたのだ。

  
   
    
    
   
(続く)




この物語はフィクションです。

 


 

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