下北沢の喫茶店で紹介者のTさんと、Y監督と、少年とを引き合わせる。

「想像以上に、いいですね」とのことで、監督の目は輝いていた。

「いつかはまだはっきりしないけれど、ぜひ僕の映画に出てもらいたいと思うのですがどうですか?多分、小規模な自主映画なので、あんまりお礼はできないと思うんですが」

50代だというのに、どこか少年のまなざしを持ったままの監督が、まだ10にも満たない彼に、対人間として真剣に話しかけていた姿が印象的だった。

「はい、出てみたいです」

少年は少し緊張した面持ちできっぱりとうなづいた。


彼は、普通に少女と間違えられるくらい、可憐に見えるのだが、しっかり芯はあるようだ。

バレエの発表会に見に行ったときにも感じたが、彼の「舞台」にたつ心構えや気持ちの集中、「演技」への感情移入は、教えられて、というよりは、天性のものがあると思う。

カメラを向けられた時の集中力tの入り方と、大人と接するときの礼儀正しさもあり、「とても素人とは思えない」とその後いろんな人から関心された。

ただ彼の両親、特に父親は、彼の芸能活動には懐疑的で「ジャニーズに入れたらいいのに♪」的な周囲の期待は叶わなかった。


後日、映画で共演することになった秋桜子さんは「彼はむしろ、ジャニーズなんかじゃもったいない」と評してくださったが・・・。


さて、それから程なくして、吉報が届いた。

『アンモナイトの囁きをきいた』以来10年間商業映画を撮ることのなかったY監督が、久しぶりにメガホンを取ることが決定したという。

つげ義春原作『蒸発旅日記』

本来の原作には少年の出演する役はない。

か、脚本の段階から物語上キーポイントとなる「少年」の役を、どうしてもHでという話で、脚本が送られてきた。


けれど、一見して読んでもわからなかったのだが、その脚本には、ひとつだけ思いもよらない「落とし穴」があったのだった・・・・。