では明日から本格的にと解散を板長夫妻に言い渡され、帰路に付いた従業員たちは複雑な気持ちで一夜を過ごした。
そして翌日。
やはり古株従業員の中にわずかながらだが命令違反者が出ていた。
女将や板長の目の届かない所で松太郎にこっそり手心を加えて甘やかしてしまったのだ。
勿論ただで済む筈がない。
「…うちらの言うた事の意味をあんた等は解っとらんかったんやね。
この業界長いんやから、上からの通達は絶対やゆうのも解っとった筈やのに…残念やわ。」
女将は理解してくれなかった従業員を落胆した眼差しで見詰め、今からでも態度を改めるなら今回は見逃してもいいと言ったのだが…。
「そないな事言われても坊ンは坊ンです。
いずれはここを継がはるお人にそないな仕打ちは…。」
「…ほぅ?
高校生の歳の男に、小学生にも満たなかったキョーコちゃんが受けた仕打ちが厳しい言うんか、あんたは?
そんならそれほどのモンを小さなキョーコちゃんにしとったあんた等は?
どれだけえげつない事してたか良うわかるやろが!!
そこのど阿呆にはそれを実体験させなあかん言うのに、まだそない甘い事言うて庇うつもりか!?」
女将のあまりの激昂振りに自分達がしてはならない間違いを犯した事に気付いた従業員達だったが、時既に遅し。
「……良う解ったわ、もうええ。
あんたら、再来月から来んでええ。
来月一杯で暇あげるよって、他の職場探すのやな。
今までご苦労さん。
…ええか松太郎、アンタの甘えがこン人等の人生も狂わしたんや。
たぁっぷり怨み言聞くがええわ!!」
法律上の解雇通告期間があるからと一月以上の余裕を持たせた女将は、もう話す事は無いとばかりに帳場へと戻って行ったのだが…解雇通告された側はそうはいかない。
顔面蒼白になって唖然としている松太郎を見詰めていた。
女将の怒りは本物だった。
自分達の判断の甘さを呪いながら、彼らは何とか解雇の撤回が成されるよう松太郎に厳しく当たる事を心に誓うのだった。
それからというもの、松太郎に安住の場は無くなった。
息抜き一つする暇も与えられない生活が続き、眠りもすっかり浅くなった。
堪えきれず女将に直談判するも「キョーコちゃんはうちでその生活よりも酷い扱いを10年以上されとったんやで」と一蹴され何一つ変わる事もなく下働きを続ける日々が一月続いた。
そんなある日、松太郎は父である板長に連れられて知り合いの寺にやって来ていた。
「…そうでしたか。
今までの教育を恥じてご子息を鍛え直そうとは…ご主人も奥様も辛い決断でしたなぁ。
しかしご子息には心を改める兆しが未だ無いと…。」
困った様子で首肯する父親である板長の横でそっぽを向いて仏頂面を決め込む松太郎に目を遣り、住職は得心したとばかりに頷いた。
「…ではまず2週間お預かり致しましょう。
それでも改善が見られぬ時には私の師に相談してみます。
預かる以上特別扱いは勿論致しませんから、ご安心ください。
では、松太郎。
荷物を持ってついてきなさい。」
ではと深々と頭を下げた住職に松太郎の父もまた頭を下げ、松太郎に一言も声を掛けること無く、一瞥もくれず松太郎を残し寺を後にしていった。
父に事情を訊こうと待ち構えていた松太郎はその機会すら与えられず置き去りにされた格好になり、またしても唖然としたまま立ち尽くす結果となったのだった。
こうして実家の親からも見放され寺へ預けられた松太郎は、旅館の追い回しから寺の小僧へと立場を変えて意識改善を迫られたのだが三つ子の魂百までとはよく言ったもので、人格形成時の刷り込みはそう簡単には書き換えが効かない。
朝の読経に始まり清掃、座禅をさせても不満たらたらな様子が丸見えなのである。
思い余った住職は膝付き合わせて話をしてみようと、松太郎を本堂に呼びつけ向い合わせに腰を降ろした。
「…なぁ、俺いつまでこんな事してなきゃなんねーの?
俺の何が悪いっつーんだよ?」
何をさせようがそれを理不尽だとしか考えていない松太郎は、誰を目の前にしようが全く態度を改める事無く言い放った。
「…己が身に起きた事をどう捉えているか、それが訊きたかったのだがねぇ…。
では訊こう。
お前は何故此所に居るのだね?
自分が悪くないと言うなら此所に来る理由もない筈だが?」
住職の問いにふてくされた様子で松太郎は今までの事を話して聞かせた。
「だから訳わかんねーの。
いつの間にか拡がった噂やなんかで意味わかんねー内に謹慎だの再教育だの言われたって、分かる訳ねーじゃん。」
あまりの物言いに住職は頭痛がするのを抑えられなかった。
この若者の親が躾直そうとしたこの1ヶ月は一体なんだったのだろう。
そして分かった。
彼には幼子に諭す様に、一つ一つ懇切丁寧に己が行動と心持ちが如何に誤っているかを紐解いてやらねば理解できないのだと。
なかなか進まずお読みの皆さまが呆れるでんでん虫更新でございます。m(__)m
そして遂に両親も匙を投げちゃいました!!
で、古刹名刹数多あるだろう京都ですから、ご住職のお力を借りようと(笑)