「…どうした?
黒崎監督に挨拶は済ませたんだろうな?」
固まったまま動こうともしていなかった尚に、事務所への連絡を終えて戻って来た吉野が後ろから声を掛けた。
「…あぁ…うん、…はい。
………あの、さ…吉野さん。
俺って…業界でどういう風に言われてんのかな。
なんか黒崎監督にすっげぇ言われようだったんだけど…。」
そんな尚に吉野は何も取り繕う事なく、ただありのままの評価を教えてやる事にした。
「ん?
アーティスト…シンガーソングライターとしての評価だけならまぁ良い方だな。
お前個人への評価なら…どんなに取り繕っても良い評価なんざ一欠片もねぇぞ?」
だから俺がマネージャーやってんの忘れたのかよ、と言われ、尚は目の前のこの男がマネージャーだけではなく教育係として自分に付いている事実を思い出した。
「……そうだったな。
頑張らねぇとクビになるだけじゃ済まないんだった。」
ここまで来て漸く自らの立ち位置を認識し始めた尚は目を閉じて大きく息を吐くと、今までにない表情で黒崎との打ち合わせに臨んでいた。
特に問題になるような打ち合わせ内容も無く、その日は午後から久し振りに映画の撮影に参加した尚だったが、スタッフはともかくキャストの人数の少なさに戸惑いを覚えた。
「…おはようございます、緒方監督。
あの…今日は他の皆さんは…?」
セット前で進行表のチェックをしていた緒方に挨拶すると、緒方は爽やかにプレッシャーな爆弾発言を繰り出した。
「あぁ、不破君。
おはようございます。
実はもうほとんど撮り終わってましてね?
君との絡みがあるキャスト以外の皆さんはクランクアップしてしまったんですよ。
流石実力派の皆さんばかりです。
おかげで撮影スケジュールに余裕が出来まして…ですから不破君は絡む皆さんに全力でぶつかって下さいね?
1シーン1日掛けても大丈夫なくらいスケジュールに余裕ありますから、じっくりいい作品作りましょう。」
つまり満足に撮影が進んでいないのは自分だけなのだと言外に言われ、尚は背筋の凍りつく思いで、見た目は爽やかながら目が笑っていない鬼監督から逃れるように楽屋で準備に入った。
「…はい、もう一度。
解釈の違いなら話すことで解決しますがこれはそれ以前です。
5分あげますからもう一度台本を読んで今のシーン、前後の流れをきちんと把握してください。
いいですね?不破くん。」
「…はい、すみません。」
撮影に関しては穏やかな人柄が鬼と変わるとそっちの世界では名を轟かす緒方は、容赦なしに尚を攻め立てた。
尚は見解の擦り合わせも儘ならない事もあってか、遅々として撮影が進まない事に焦るばかりでそれがまたNGを招くという悪循環を生み出す。
「しっかりしろや。
【遼太郎】は【瞳子】にどう接している?」
用意された椅子に脱力したようにどっかり腰を下ろした尚に、吉野は適温のコーヒーを差し出しながら問いかけた。
「…幼馴染みの婚約者。」
「そりゃ設定だろ。
どういう感情で【遼太郎】は【瞳子】…彼女と接しているんだって言ってんだよ。
ただ親が決めた相手か?
バックグラウンドも考えて演じてみろよ。
素人だってそのくらいの事は思い付くぞ?
ソコんとこどう思う?
京子ちゃん。」
近づいてくる足音に振り返りながら、吉野は今のシーンの共演者である京子を出迎えた。
「…吉野さんの仰ってる事は私が以前教わった事と同じです。
アドバイスとして正しいと思います。
不破さんは自分の役を掴みきれていないのではないかと思いますけど…どうですか?」
まるで他人行儀な物言いをするキョーコに胸がムカムカする思いで睨み付けた尚だったが、最近ようやく己が立場を理解し始めた事もあり一呼吸いれてから眼だけで周囲の状況を把握してから口を開いた。
「…よく分からないのは確かだな。
幼馴染みの婚約者に、どう接したらいいのか距離感が掴めない。
相手はお前と違ってお嬢様だからな。」
自分の立場とは違うと言いたかったのだが、キョーコ…いや、女優としての【京子】は当然でしょうと言い放った。
「…役柄が自分と違うなんて当たり前でしょう?
そんな事言ってたら役者なんか誰も出来ゃしないわ。
大事なのはよく考えて、役の人物像を作り上げる事だ、どういう環境でその人物の性格や言動が形成されたか、バックグラウンドをよく掘り下げろって教えてもらったわ。」
貴方はどうなのと言われ尚はそこまで深く考えていなかった自分の浅さに返す言葉が見つからなかった。
メイク担当のスタッフに呼ばれた京子はそのまま尚と吉野の側から離れていったが、尚は一層悩みを深くしたのだった。
いや~!!
一月以上も空いちゃったぁ!!(ノд<。)゜。
もっとはやく出したいのに…プリーズ文才ぃぃっ~!!orz