「…先ず言っておく。
これはお前らがウチの社員で京子のファンクラブメンバーだという二重の枷があるからこそ見せる書類だ。
京子…本名、最上 キョーコの身上書だから、本来ならプライバシーに拘わる。
だがこの事実は此処に居る全員が今後行動する上で知っておくべきだと俺は判断した。
決して内容は洩らしてはならない。
もし情報の漏洩が確認されたらその時は…分かってるだろうな?」



殺気にも似た気迫の籠ったローリィの視線に一同は息を呑んだが、何の躊躇いも持つ事無く頷いた。


自分の社員を信用しない訳じゃないがと念押しした上で、ローリィは更に全員に誓約書に一筆書かせると、漸く持っていた書類をテーブルに広げて見せた。



全員がその内容に息を呑むのに時間はそうかからなかったのだ。




「…な…っ!!
何ですか!?
こ…こんな…っ…。」



和泉を始め、一同はあまりの経歴に絶句した。



《京子:本名 最上 キョーコ

 生年月日:▲▲年12月25日

出身地:京都府》



ここまではいい。


プロフィールとして公開されているものだからだ。


だがそれから後が問題山積だった。



《家族構成:母

父親は不明

幼少時より母親の知人である老舗料亭旅館、松之園に預けられ育つ。

唯一の家族でありながら母とは疎遠。


預けられた先には一人息子がおり、幼馴染みとして過ごすがその環境は客観的に見ても良好とは言い難いものであったと…》



ごく普通の高校生の経歴なら考えられない量の書類に目を通していた一同に、ローリィは淡々と話し始めた。



「…全員がきっちり目ぇ通してたら夜が明けちまうからな、結論だけを先に伝えておくぞ。
緑川くんが又聞きしてきた内容は全て事実だった。
それだけじゃあねぇ、最上くん…京子をラブミー部に入らなきゃならなくなるほどの愛の欠落者にした原因の殆どがその幼馴染み…不破 尚、本名 不破松太郎にあると分かった。
京子は預けられた不破の家で、そのガキに文字通りの下僕扱いをされていたらしい。
その上なまじ顔が良い幼馴染みが傍目には親しげに京子に接した…実際はこき使ったばかりに、変な焼きもちを妬かれて虐められ続け、幼稚園時代から東京に出てくるまで同性の友人が誰一人出来なかったそうだ。
挙げ句そのバカの口車にまんまと乗せられて東京に上京、10ヶ月に渡って生活全てを支え続けた…。
信じられるか?
京子はたった15で保護されるべき立場から養う側になり、15の子供二人が住むには贅沢すぎる2LDKのマンションでの生活を、奴の望むがまま独りで支え続けたんだよ。
そこまでして支えた京子を感謝どころか尽くすのが当たり前だと言い放ち売れ出した途端あっさり棄てやがった…。
ガキだからって言ったって、男としても人としても奴を許しちゃ置けねぇんだ。
…唯一認められるのは、奴が襤褸雑巾(ボロぞうきん)の様に京子を棄てたお陰で俺やお前たちは京子に出会えたって事だけだ。」



あまりの経歴に絶句したが、確かに不破に棄てられなければ京子がLMEに入ることも、才能を開花させて自分達と出会う事も無かったのだ。


そこだけは認めてもいい。


…だが、本当にそこだけだ。


それ以外は決して許せるものではない。


しかし…。


「…社長、これだけの事があって京子ちゃんが不破 尚を目の敵にしているのはのは分かりました。
ですが…。」



そう、気付いてしまった。

頭に血が昇っていた時には思いもつかない事だが、不破 尚へ怒りも憎しみも、ぶつける事が出来る正当な理由を持つのは唯一京子本人だけなのだ。



その意図に気付いたローリィは頷きつつ言葉を繋いだ。



「分かってるさ。
だがな?此処に居る全員だけじゃない。
京子を知り、京子のひとがらに触れた誰もがこれを知ったら同じことを思うだろう。
自分達が大切に思っている女の子に酷い事をした馬鹿野郎は許せない、ってな。」



だからこそこれも正当な理由だろうとニヤリと不敵な笑みを浮かべると、一同に適材適所の指示を与えるべくそれぞれの部署名を聞くローリィであった。




それからしばらくの後、尚の周りで不可解な出来事が起こり始めた。



芸能活動をしている以上関わり合いになる人々の態度がどこかよそよそしいのだ。


しかもありとあらゆるテレビ局、ラジオ局、ケーブル局に至るまで廊下を歩けば冷ややかな視線を感じる。


ひそひそとこちらを見ながら噂話をしているらしい。


らしいというのは確認しようにも逃げられてしまって確かめようが無いからだ。


祥子も調べようとはしたらしいが、手掛かりがまるで掴めないと困惑した様子で報告を繰り返すばかり。


そんな事態が一気に変わったのは、秋の新曲のプロモーションビデオの相手役のオファーを春樹が打診した事がきっかけだった。




「……は?
いえ、でもそれは…、…いえ、分かりました。
又の機会にお願いします。
…失礼します。」



携帯電話を切った春樹が盛大な溜め息を吐くのを、電話によって中断された打ち合わせ中の尚と祥子が見ていた。



「どうしたんだよミルキちゃん。
なんかマズイ事でもあった?」



全く状況を知らないのだろう尚の言葉に、苦々しい思いで春樹は事情を説明した。











ローリィ以下LME守護隊の面々がどう追い詰めていくか、頭の中で試行錯誤の真っ最中です。