「本日は皆様、お忙しい中お越し頂きありがとうございます。
料理はお気に召して頂けましたでしょうか?
私の拙い料理でもご満足頂けたなら幸いなのですが…。」



所々染みが付いたコックコートを身につけた京子が、スポットライトの中に居心地が悪そうに佇んでいた。


だがそれより何より、京子が発した言葉がその場に招かれた守護者達の驚愕を呼んだ。



《この抜群に美味い料理、京子さんの手作り!?
料理上手って本当だったんだ!!》



驚愕のあまり絶句していた守護者達の反応に、京子はシュンと萎れていた。



「…お口に合わなかったみたいですね。
すぐに何か別の物を用意しますので少しお待ち下さいね。」



そんな京子の様子に弾かれる様に拍手が巻き起こった。



「素晴らしかったです、京子さん!!」



「噂が本当だったのでびっくりしていたんです!!」



「とっても美味しかったですよ!!
  不満なんかありません!!ある訳がないですよ!!」



口々に京子の料理を褒め称えるファン達に、京子の緊張も解けたのか花開く様な笑顔が広がった。



元々京子ファンクラブのメンバーなのだから、守護者達が歓喜するのは当たり前なのだ。


しかも自分達の為に料理の腕を振るってくれたことに感激して胸一杯、といった様子の男達が多数。


女性ファン達はこんなに凄い料理を作れるなんて、と憧れと尊敬の眼差しで見詰めていた。



…総合すると若年層(とは言え皆京子より年上)の男性陣は胃袋がっちり掴まれ《こんな彼女(若しくは嫁さん)欲しい》、女性陣は《こんな可愛い妹欲しい》、年配ファンは《こんな良く出来た可愛い娘(若しくは孫)が居たらさぞかし幸せだろうなぁ》であった。



「ありがとうございます。
本日は事務所サプライズの、私には初めてのファンの集いにお越し頂きまして、改めてお礼申し上げます。
限られた時間ではございますが、精一杯おもてなしさせて頂きますので、皆さまどうか楽しんでいって下さいませ。」



見事なまでの挨拶に、某大手有名デパートの採用担当の守護者は彼女レベルの新人が来たら教育が要らなくて楽だろうなぁとつくづく思ったと後日呟いたらしい。



その後も守護者達の至福の時間は続いた。



出演作のダイジェスト映像の上映会を守護者達が観ている間にメイクと衣装を整えて来た京子は、その艶やかさでまた彼等を驚かせ、近くに居た守護者相手に即興でドラマを再現して見せた。(但しDARKMOONは除外した、怖いから。)



撮影中の裏話は勿論、未公開のデビュー前の秘蔵映像や、その秘話等も披露され会場は大いに盛り上がり。



更に事務所に入った時のオーディションで披露した桂剥きの薔薇も即興で披露し、料理人をしている守護者も感嘆の声を上げた。



…楽しい時間は過ぎるのが早いもの。



京子は再びスポットライトの下に立ち、マイクを手に守護者に向き直った。



「…楽しい時間は過ぎるのが本当に早いですね。
既にこれだけの皆さまが揃っておいでなので、もうお気付きの事と思います。
  今回の私の初めてのファンの集いに来て頂いた皆さまは、私が通勤に使っていた朝の電車内で陰ながら私を護り続けて下さった守護者と言われる皆さま方です。
改めて、お礼申し上げます。
今まで本当にありがとうございました。
…実は私、近い内に引っ越す事になりまして、電車内で皆さまにお会いする事が叶わなくなります。
今まで護って下さっていた皆さまに何の挨拶もお礼も無しに通勤を止めるなどという不義理な真似はしたくないという事で、今回の会を開く運びとなりました。」



会場全体に散らばる守護者達に目を向けながら、京子は今までの善意に心からの感謝の意を述べた。



守護者達は寝耳に水の事態にざわめきが収まらない。


しかし考えてみればいつかは起こる事で、予告なく京子が電車に乗らなくなったとしても何の不思議も無かった事だった。



こうして直接話してくれる方が余程稀有な事であろうことは、その場に居た誰にも解りきった事実であった。



「…楽しい夢の様な時間でしたが、そろそろ夢から醒めなければなりません。
最後に皆さまお一人お一人とご挨拶をして終了とさせて頂きたいと思います。
お名前を読み上げさせて頂きますので、壇上においで下さい。」



京子が最後の挨拶をしている間に舞台中央から少し下手(しもて)にスタッフが並べた机の上には、小さな箱が山と積み上げられていた。



京子は念のためと用意された招待客リストに一度も目を向けること無く、一人一人招待客を壇上に招いた。



そうして小さな箱を手渡しながら丁寧に礼を述べ、しっかりと握手を交わしていき、最後の一人まで決して手を抜く事無く見送ったのだった。



会場を後にした守護者達が小さな箱と、出口で渡された手提げ袋の中身を確認して、彼女が本当にファンを、自分達を大切に思っていてくれる事を再認識しても無理はない。