「…吉野さん、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。
お疲れ様でした。」



相変わらずの綺麗な所作で挨拶する京子に、吉野は満足げに頷いた。



「うん、相変わらず相手に不快な気分を与えない良い挨拶だ。
この馬鹿とほぼ同じ環境で育った筈なのに、こうも違うとなぁ…。
場所と立場を良く弁えてるし本当に素晴らしいよ、京子ちゃん。
  何よりコイツに対する対応は見事だよ。」



「恐れ入ります。
申し訳ありませんが、この後の仕事もありますので私はこれで失礼させて頂きますね。」



「…っ待てよっ!!」



追い縋ろうとする尚を丸無視して吉野に挨拶し、京子は姿勢の良い軽やかな足取りでその場から去って行った。



京子の腕を掴もうとして吉野に遮られ、結局満足な会話も出来ずに逃げられてしまった尚は、邪魔をした吉野を憎々しげに睨み付けた。



「何で邪魔すんだよ、オッサン!!
逃げられちまったじゃねーか!!」



「…何度言ったら解るんだ?
此所はお前の家の中じゃないし、彼女にも仕事がある。
第一彼女はタレントであり女優だ。
腕を掴み上げて怪我をさせたり痕を付けたりされたら賠償問題にも発展しかねん!!
いい加減場所や立場を弁えて自分がやろうとする事がどんな事態を招くか考えて行動しろ、この馬鹿!!」



こんなに手の懸かる奴は今まで居やしないとぼやきながら、吉野は尚に今まで言わなかった事実を告げた。



「いいか、よく憶えとけ。
俺はアカトキが付ける本当の最後のマネージャーなんだよ。
意味が分かってない様だから説明してやるがな、うちの事務所じゃ手に負えないタレントや歌手なんかを再教育するのに段階があるんだ。
その一番最後の、これ以上は事務所の損害にしかならないから駄目だっていうギリギリの奴らを最終的に担当しているのが、この俺なんだ。
つまりお前は、俺が担当に就いた時点でどんなに売れていようが事務所的に首の皮一枚だけで辛うじて飼って貰っているってことだ。
俺に見放された時点で、お前の芸能界人生、終わるってわけだ。
少なくとも日本で芸能活動は出来なくなるのは確実だ。」



「な…何でそうなるんだよ。
アカトキじゃなくったって芸能プロダクションならいくらでも…。」



青ざめながらもなお虚勢を張ろうとする尚に、やはり世間知らずのお坊ちゃんだなと嘆息して、噛み砕くように吉野は説明してやった。



「あのな…お前も知っての通り、アカトキは日本芸能界で指折りの大手だ。
張り合えるのは今現在LME、若しくはジョニーズ、モリプロぐらいだろうな。
そんなところでまあまあ名の通っていたお前が、そこいらの弱小プロダクションに入れたとしてだ。
アカトキの力でその事務所は片っ端から仕事潰されて終わりだな。
つまりお前が、今までみたいな芸能活動がしたいならアカトキの力に潰されない大手に移籍するしかねぇんだが、大手は上同士の繋がりがしっかりしてる。
お前がアカトキをクビになった話なんざすぐに行き渡るから、当然どこ行っても門前払いだな。
それでも芸能活動したいなら、海外に何のバックアップも無しに飛び込むしか道は無い。
そんな真似が甘ったれのお前に出来るとは到底思えんな。
  理解できたか?お坊ちゃんよ。」



自分の立場を漸く理解できたのか、悔しげに拳を握りしめる尚の頭に、吉野はそうなりたくなきゃならないようにしっかり考えろと手を乗せて言い置き、次の仕事へと先を促した。




京子と尚が顔を合わせた緒方の新作映画、実は記者会見の直後、もう一つの策略が動き出していたのだが、それを尚が知るのはクランクインしてからの事である。



一方新開監督の映画も無事オールアップを迎え、編集作業、BGMサウンド編集等を経て公開の運びとなった。



敦賀 蓮、初の時代劇であるという話題性に加え、映画初挑戦の不破 尚や、ドラマで話題の京子初主演も相まって大注目の的になっていた。



スケジュールの都合が付かず、尚だけは公開プレミアの一度きりの参加で、全国各地の試写会には蓮と京子が二人で役柄そのままの仲睦まじい姿でファンを魅了した。



『敦賀さんの身長で羽織袴のチョンマゲ姿って、慣れるまでは他のキャストの皆さん、結構受けてましたよ~。』



『…君は着慣れててまるで違和感無かったよね。
撮影中あの格好でよく全力疾走できるもんだとみんな感心してたよ。
  洋服のスタッフより速かったもんね?』



試写会が済んで観客の前で撮影中の裏話を披露する時も、爽やかな中に甘さを醸し出した蓮の微笑みと、それを受けて恥ずかしそうにはにかむ京子の初々しくも愛らしい笑顔に、一部で映画が彼等に本当の愛を育ませたのではないかと噂する者もあったという。











…ありゃ?
辻褄合ってるかな?