受け取った台本を基に尚が自分の役を読み込んで3曲の候補を作り上げたのは、映画の製作記者会見の僅か2日前の事だった。



出来上がった候補曲のデモンストレーションディスクを春樹に試聴してもらったのだが、歌詞のダメ出しをポンポンと連発された。



「…曲はどれも悪くないわ。
完成度も高いし。
ただ…歌詞はダメね。
ちゃんと役を理解した上で書いた感じがしないのよ。
台本、ちゃんと読んだのよね、尚?」



溜め息混じりの春樹の言葉に、尚は戸惑いを隠せなかった。



「なんだよミルキちゃん。
いつもならそんなコト言わねーのに!?
何が足りないってんだよ。」



「実は私ね、啓文…緒方監督から一任されてるのよ、今回の主題歌。
台本読んだから解るんだけど、貴方が書いたこの歌詞からは、ヒロインに対する気持ちは伝わってこないのよ。
振り向いてくれないじれったさとか、自分を見てくれない苛立ちとか、自分勝手な独り善がりの感情だけ。
役を理解してないのよ。
  何故彼女に振り向いてもらえないかも考えてない、愛してはいけない男を愛してしまった彼女の苦しい胸の内を慮りもしない。
こんなのだったら歌詞は別の人に付けてもらった方が良いかしらね?」



メタボロな言われように読み返してみるが、自分勝手な尚は自分が愛されて当たり前、自分を見もしない女がおかしいのだとしか思えず、首を傾げるばかり。



…結局どれだけ作り直そうと春樹からOKが出る事は無く、期日ギリギリまでの宿題と保険の為の他者による作詞が尚に言い渡された。



「…なぁミルキちゃん。
なんか最近変じゃねぇ?
今までだったら良かったトコまでチェック入るし…。」



「…今までが甘過ぎたって気付いただけよ。
安芸さんの二の舞はゴメンだからね。」



常なら聞かない冷ややかな物言いに、尚は信じられないものを見た気がしていた。



「…祥子さんがどうしたんだよ。
俺、担当外れてから会って無いから知らねーんだけど?」



「…彼女、アカトキを解雇されたのよ。
貴方の教育も満足に出来ないダメマネージャーとあちこちからクレームが来た上に、未成年の貴方と同棲してた事が会社にバレてね。
貴方…本当に知らなかったの?」



尚は事の大きさに愕然として言葉も出なかった。


そんな尚に春樹は更に言葉を重ねた。



「だから彼女の二の舞はゴメンなの。
貴方を甘やかして、プロデューサーとしての自分の将来を棒に振りたくはないのよ、私は。
だからこそ貴方には厳しすぎる位が丁度いいと思ったの。
この業界にいる以上、当たり前だけど厳しさは未成年だろうが関係ないわ。
今まで甘やかしてしまった分、これからは容赦しないから覚悟しておくのね。」



目上への言葉遣いも直すように吉野さんから注意されている筈でしょ、と春樹に冷ややかな対応をされ、尚は目まぐるしく変わった自分の環境に戸惑わずには居られなかった。



この業界は売れたもの勝ちなのだから、自分は蔑ろにされる筈が無いのだと高を括っていたのだが、幾ら売れていても周囲の自分を見る目が厳しい。


気が付けば自分の我が儘に付き合ってくれる人間など誰一人として居はしなかった。


それは偏に事務所の意向を受けた吉野が尚の再教育をせんが為に周囲に甘やかさないよう頭を下げて回ったからであったが、そんな事を知る由もない尚は自分の思い通りにいかない状況に苛立ちを募らせていたのだった。




そうして迎えた新作映画の記者会見。


尚は現れた主演俳優と女優の姿に再び愕然とし、辛うじて表情に出さないまでも苦々しい想いを噛み締めるのだった。



「…おいっ!!
何でまたお前がヒロインなんだよ!!」



芸能人としてのプライドと言うか“歌手・不破 尚”としての意地と言うべきか、表向きはにこやかに会見を終えたが内心は腸(はらわた)が煮えくり返る思いでいた尚は、裏に引っ込んだ途端主演女優に噛み付いた。



「…アンタ、馬鹿ね。
さっき緒方監督が仰ったじゃないの。
聞いてなかったの?
監督が直々に、この私にオファーを出して下さったのよ?
まだまだ経験を積みたい私が、こんないいお話断る訳がないでしょうが。
そんな事も解らないの?」



心底呆れたと言った冷ややかな眼差しで自分を見詰めるキョーコに、尚は頭に血が昇るのを止められなかった。



「…っ、俺に向かってふざけた口利いてんじゃねぇっ!!
生意気なんだよ、キョーコの癖に!!」



きゃんきゃん喚く尚に馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに、キョーコはあっさり言い放って見せた。



「こっちが一寸引っ掛かる様な言い方すれば二言目にはすぐそれね。
幼稚園児だって今時言いやしないわよ?
少しは成長したらどうなのよ、トップアーティストの“不破 尚”さん?」



いつもならこっちの物言いにムキになって突っかかって来る筈のキョーコが、落ち着いた物腰で自分に向き合い振る舞う様子に戸惑っていると、後ろで見ていた吉野が突然手を叩き始めた。










いよいよ緒方監督の映画が始まります!!



その前に新開監督の映画を公開させねば…!!



あぁ色々エピソードがおいてけ堀に~(T_T)