頭を押さえ付けられ、力任せに頭を下げさせられた正太からは見えないところで、いよいよ重大な話がなされようとしていた。



「…お目通り叶いました事、恭悦至極に存じ奉ります。」



先日硯箱を携え、真実を見出ださんと意気込んでいた壮年の家老が、檜原藩主の前に叩頭平伏していた。



「面を上げるがよい。」



永遠の父である藩主は脇に控えた奥方と共に上座に座し、家老の答えを待っていた。



「…して、如何でありましたか。」



待ちきれないといったような様子の奥方が訊ねると、家老は預かっていた硯箱の上に懐から出した書状を添え、側仕えの者へと差し出した。



「…そちらの書状は、我が藩のお方さまが認(したた)められたものにございます。
どうぞ、ご覧じられますように…。」



書状を受け取った藩主はそれを開き、内容に目を通すと満足げに頷き、書状を開いたまま奥方へと手渡した。



「…おお、やはり…!!
急ぎ永遠どのとおりょうどのを此方へ!!」



書状に目を通した奥方は側仕えの腰元に二人を呼ぶよう指示を出した。



「ご家老、お国元にも文を送られたのか?」



藩主の言葉に家老は頷き、事が事だけに早馬を使っているのであと三日の内には報せが届くだろうと報告した。



「誠に喜ばしき事にございます!!
姫亡き後、お世継ぎが無くば当藩はお取り潰しの憂き目に遭うところでございました。
それが斯様な形で救われようとは…!!」



「…全くだ。
旧知の間柄故に忍びないと思うて居ったが、このまま縁も繋いで行けそうだしのう…。」



藩主と奥方、そして件の家老も満面の笑顔で歓談していると、先触れの後に永遠と、着飾らされたおりょうが現れた。



「…お呼びによりまかりこしました。」



部屋の中まで入って平伏した永遠と、最も下座から動こうとしないおりょうは、少し離れて着座する形となった。



「永遠よ、そなたの婚儀の相手が決まった。
…そなたの後ろに居られる、綾姫(あやひめ)どのにな。」



父である藩主の言葉に、永遠は瞠目して振り返った。


後ろにいるのは常よりも美しく着飾って、正に姫と呼ぶに相応しい出で立ちの想い人、おりょうのみ。



そのおりょうも何を言われたのか解らないといった様子で戸惑っているのが窺えた。



「…おりょう、そなたの母が隠し持っていた硯箱は、先頃亡くなられた姫君と、故(ゆえ)あって余所に出された双子の妹姫にと造られた、世に二つしかない品だそうなのです。
亡くなられた姫と瓜二つの見目と、隠されていた硯箱が何よりの証。
そなたは先日身罷られた永遠どのの許嫁、涼姫(すずひめ)どのが双子の妹、綾姫であるとの証が立ったのですよ。」



「「………!!」」



おりょうも永遠も言葉にならない程の驚きに包まれ、お互いに顔を見合せた。



「おりょう…、いや、綾姫どの。
信じられぬであろうがこれが真実の事。
暫し気を落ち着けてからでよい、今後の事を話したいと思うが良いかな?」



藩主たる永遠の父の物言いに恐縮しながら、おりょうは是非もなく頷き、早々に退出していった。




「…斯様な形で永遠の気持ちが救われようとはな。
天も御仏も粋な事をなさると思わぬか?
のう、永遠よ。
どのような立場に在ろうと、親は子の幸を願うものだ。
それが一番良い形であればなお嬉しいものよ。
異論はあるまい?」



「…おりょう…いえ、綾姫どののお気持ち次第かと存じます。」



「下がって良い。
綾姫どのをお慰めして差し上げよ。」



困惑したままながらも、永遠もまた深々と頭を下げ、静かに退出していった。



「…さて、残るはそこな小者だが…。」



藩主が庭先に目を遣るに併せて視線を向けた家老は、初めて筵に座らされた若い男に気が付いた。



「…?
お殿様、あの者は一体…。」



「…私からご説明致しましょう。
あの硯箱の話を、綾姫どのの育て親から訊いた私は、父御に住まいであった長屋から持ち来る様に頼みました。
その遣り取りを…綾姫どのが聞かれてしまいましてのう。
お一人で確かめに行ってしまわれましたのじゃ。
気付いた父御と当家の者とで後を追いましたら、帰り道の途中でそこな小者が、綾姫どのに狼藉を働いていたのを見つけ、捕縛いたした…という次第です。
  あと僅か行き合うのが遅れたならば、その者に拐かされるところであった、と当家の者は申しておりました。」



事の重大さに家老が青冷め、次いで怒りに顔を赤く染め上げた。



「なんたる不届きもの!!
即刻こやつの首、晒しものにっ…!!」



「まぁ落ち着かれよ。
その者、姫君とは知らぬ間柄ではないらしい。
父御の申すには言わば幼なじみとの事、ご自分への狼藉を働いた咎(とが)で無礼討ちにされたとなれば、お心を傷めてしまわれようと拝察申し上げるが、如何かな?」



怒りに震えていた家老は藩主の言葉に我に返り、居住まいを正して一礼した。



「…殿様の仰せの通りにございます。
されど罪を無しには出来ませぬ故、町人の裁きを受けられるよう、奉行所に引き渡すという事で如何にございましょうか。
姫様の目に触れることも、お耳汚しになる事も、お心を傷められる事もありますまい。」



勿論姫には追い出したと言えばいいと言う家老に藩主は納得して頷き、そのように取り計らうと約束した。










丸々劇中劇になっちゃいました…。
(;^_^A