セットの移動も済み、撮影が再開されると出番も近くなった尚は指定された位置に移動して待機した。


一応動きの確認を含めてリハーサルはあったのだが、やはり監督や助監督、その他スタッフも交えての事なので尚がキョーコと直接話が出来る状況でもなく、まともな会話も無いまま撮影は進行していった。





「…おりょう?
居ねえのか?」



長屋へ出掛ける前に一声掛けていこうと戻った利助は、住まいに居るだろうと思った娘の姿がない事に胸騒ぎを覚えた。



「済まねぇ、うちのおりょうを見なかったかい!?」



厨に顔を出す時出来るだけ落ち着いて言ったつもりの利助だが、隠しきれない焦りが見えていた。



「おりょうちゃんかい?
少し前に奥方さまのご用だとかで出掛けて行ったけど…どうかしたのかい?
利助さん。」



顔馴染みの女中、八重からそれを聞いた利助はもしやと思い、出掛けた時間を確かめた。



「お八重さん、あいつが出掛けてどれくらい経つか分かるかい?」



「…そうだねぇ…。
もう四半時は経つかね。
直ぐに戻るって言ってたけど…。」



四半時あれば娘の脚でも長屋まであと僅かだろう。


利助は八重に礼を言って厨を後にすると、大急ぎで奥方に事情を説明しに戻った。



「屋敷の者を数人連れて迎えに行っておくれ。
もし私とお前の話を聞いてしまったなら、何らかの手掛かりを求めて長屋に向かったはずじゃ。
今から追えば帰り道の途中で行き合える筈、会えずに長屋にたどり着いたらそれはおりょうの身に何か起きたということになる。
急いでおくれ、利助!!」



奥方は青ざめた顔で立ち上がり、庭先にいた家臣に声を掛けると、利助と共におりょうを迎えに行くように命じた。




「…もういい加減しつこいにも程があるでしょうが。
呆れて物が言えないっていうのはこういうのを言うのかしら…。」



これだから鶏並みの頭の持ち主は、と頭に手を遣るおりょうに、今や勘当寸前の相模屋の若旦那、正太が掴みかかった。



「うるせぇっ!!
始めっからお前は俺のもんだっつってんだろうが!!
解らねえのはお前の方だ!!
サッサと来るんだよ!!」



「嫌よ!!何であたしがあんたのものなのよっ!!
ふざけた事言わないで頂戴!!
大体あんた、今度揉め事起こしたら勘当だって長屋のおかみさん達から聞いたわよ!?
今なら見逃してあげるから、サッサとお店(たな)に帰って出稚(でっち)からやり直しなさいよ!!」



あんたの嫁になるくらいなら直ぐにでも尼になった方がどれだけ幸せか分かんないわね、と止めの言葉を投げつけ、おりょうは正太が掴んでいた腕を振りほどこうと暴れたがギリリと締め上げられる様に力を込められてはそれも叶わず、半ば引き摺られながら空いている手で引き剥がそうと藻掻いた。



「いっ、痛ててっ!!
引っ掻くんじゃねー!!」



「大人しく拐かされる馬鹿がいるもんですかっ!!
伊達にあんたみたいな馬鹿の幼なじみしてた訳じゃないんだからね!?」



滅茶苦茶に暴れて引っ掻き蹴飛ばし噛み付いて、何とか振りほどいたところに、おりょうは大声で自分の名前を呼ばれた。



「おりょうっ!!」



振り返るとそこには息を切らせた父、利助と侍が2人立っていた。



「お父っつぁん!!
倉田さまに…栢山さま?」



「無事か!?怪我ないか!?
……っ、このクソ餓鬼がぁ…!!
俺の娘に何しやがる!!」



追い縋って来ていた正太は利助の強烈な一撃を食らって昏倒したのだが、そのまま下屋敷に連行される事になった。



「このまま番所に突き出してもいいんだが、仕置きを受けた後で逆恨みでもされちゃたまんねぇからな。
この際だからみっちり叩き込んでやらぁ。」



侍たちに正太を運んで貰いながら、なにやら物騒な物言いをする父を唖然として見上げるおりょうであった。



なんにせよ無事で良かったと肩に手を置きながら、おりょうが決して手放さなかった風呂敷包みに目を遣り、利助は小さく溜め息を吐いた。



「…奥方さまと俺の話を聞いちまったんだな。
済まなかったな、おりょう。
今まで黙っていた事は謝る。
…だがな、何があろうとお前は俺とおさきの大事な娘だ。
それだけは信じてくれ、な。」



優しい眼差しでそう告げる父に、おりょうは黙って頷き、ただ涙を流していた。





「………カーット!!
OKです!!」



セットチェンジと昼食休憩で時間が空いたキョーコは、ひどくスッキリした気分になっている自分に不思議な感覚を覚えた。



そんなキョーコに利助役の平林が声を掛けてきたのだ。



「どうしたんだね?
例えて言うなら“気分爽快!!”って顔に書いたみたいになってるよ?」



「…そ、そうですか?
…でも実際言ってみたかった言葉のような気がします、さっきのシーンの台詞。
このお仕事、特に不破さんとの絡みが現実に近いので、お芝居してる気がしなくて困りますよ。」



遠慮なく詰れますから気持ちいいです、と語るキョーコと笑って応える平林を、メイクがあるからと遠巻きに見ることしか許されず、他のスタッフによって弁当共々メイク室に追い立てらた尚であった。












はい、なんかぐだぐだです。


スランプな頭の限界を痛感してます…(><)