新たな決意の元、一層の精進に励んだ蓮がハリウッドに進出するに至るには、それから更に2年の月日を要する事となった。



その間にも海の向こうのキョーコは見事大役を果たし、なお一層の精進に励んだ。



どんな端役であろうと全力で挑むキョーコは、内外からの評価も高くなり、今やキョーコを使いたがる監督やプロデューサーの数も共演したがる俳優の数もうなぎ登りだった。




「…お前もとうとうあっちに挑戦か。
ま、頑張って来いや、“敦賀 蓮”。」



一礼して社長室を後にした蓮と社を見送ったローリィの口元が面白そうに歪んだのを、誰も見ることはなかった…。




無事渡米(帰国)を果たした蓮は、その足で真っ直ぐヒズリ邸を目指した。

ハリウッド進出にあたり、社には本名も素性も経歴も全てを明かしていた蓮は、躊躇う事なく実家に足を踏み入れたのだった。



「…すみません、元の姿に戻れなくて…。」



申し訳なさそうに詫びる息子に、クーは仕方ないさと笑ってみせた。



「…それより、逢いたかったんだろう?
サンルームに居るぞ。
逢いに行け。」



蓮の背中を押して促すクーに、社は驚きを隠せなかったが、止めるつもりは更々なかった。




蓮がサンルームに辿り着くと、其所には背中の中程までのセミロングの黒髪を緩くリボンで纏めてお茶の用意をしている華奢な女性の姿があった。



《…パパ?
お客様のお茶の用意が済んだからこちらに…っ!!》



振り返った女性と、蓮の目が合った瞬間、逢えなかった時間が消え去ったような錯覚が過った。


そう、間違いなく錯覚だった。


彼と彼女の間には2年の月日が横たわっているのだから。



2人はお互いの姿に魅入っていた。


少女だった彼女は蕾が花開いた様に艶やかな女性へと。


青年は一際精悍な男に成長していた。



「…久し振り。
眩しいくらいに…綺麗になったね。
逢いたかったよ…。」



「つ…るがさん?
どうしてここに…。」



「黙っててごめん。
此処は…俺の育った家なんだ。
クーは…俺の父。」



驚愕に目を見開くキョーコの手を捉え、ティータイムの用意がされたテーブルセットに座らせると、蓮は話せなかった全てをキョーコに打ち明けた。



「…君だけが俺の光だった。
そして今も…。
やっと言えるよ。
君が好きだ。
最上 キョーコさん、俺と付き合って下さい。
君に追いつけたら言おうと思って、今日まで我慢してきたんだ。
…君の気持ちを聞かせてくれないかな。」



「あっ、あの…。
つ、敦賀さんには私なんかよりもっとお似合いの方が沢山…。」



「似合うとか似合わないじゃない、君じゃなきゃ駄目なんだ。
傍に居て欲しい、いつも傍で笑って居て欲しい、幸せにしたいのは他の誰でもない、君なんだ。
最上 キョーコを幸せにする事で敦賀 蓮も久遠・ヒズリも幸せになれるんだ。
私なんか、じゃないよ。
俺にとって最上 キョーコは、世界で一番大切な女の子だ。」



だから…となお言い募る気満々の蓮に、キョーコは上目遣いで訊ねた。



「…あの…ほ、本当に私でいいんですか?
夢オチとかじゃないですか?
も、もしかしてまるごと夢!?」



あまりにも突飛な発想をするキョーコに異様な脱力感を覚えながらも、蓮はこれが夢なんかではないと確かめさせたくて華奢な肢体を抱き寄せた。



「…俺はここに居るよ?
君を抱き締められて夢心地だけどね。
君はどう?」



「…ふわふわします…。
2年経っても敦賀セラピーは健在ですね…。」



うっとりした眼差しで見つめ返してくるキョーコに、蓮は確信を持って訊ねた。



「…俺の恋人になってくれるよね?」



「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします…。」



瞳を潤ませ、羞恥に肌を紅く染めるキョーコの愛らしさに目眩を感じながら、蓮はもう一度華奢な肢体を抱き締め直した。



「俺もこっちで活動するから、ずっと傍にいられるよ。」



蓮のその言葉に、キョーコがびっくりした様な顔を向けた。



「え?」



「オーディションに通ったんだ。
それを皮切りにこちらでの仕事を始めようと計画して…。
…どうしたの?」



傍にいられる様になった事を喜んでくれると思ったキョーコが、困惑した様子で口ごもっているのに気付き、蓮は問いかけた。



「あ、あの…社長さんから聞いてらっしゃらないんですか?
私、来月帰国するんです…。
大学でも成績優秀と認められて、2年スキップしたので、来週卒業式なんです…。」



せっかく気持ちが通じ合ったのに、いきなり遠距離なんてと寂しげに呟くキョーコと対照的に、海の向こうでニタニタと嫌な笑みを浮かべる男の幻を蓮は見た気がした。



???あの社長~!!


分かっててハリウッド進出を奨めたな~!!




「…愛に障害も壁も付き物だ!!
乗り越えてこその最高の愛が実るのだ!!
さあ最上くん、蓮よ!!
俺が授けるこの苦難を乗り越え、最高の愛を見せるのだ!!」




…誰が聞いている訳でもないのに、日本のローリィは空に向かって高らかに宣言していた。



社長がもたらした愛の試練という名の悪戯に、彼ら2人が散々翻弄されまくりながらも幸せを掴み取るのは一体いつになるのだろうか…。




「「社長(さん)の根性悪~!!」」








END











…はい、というわけで完結です!!


最終話、なかなかの難産でした。



着陸地点を決めるのに時間を掛けちゃいましたね。


長くなってしまいましたが、読んでいただいた皆さまに感謝いたします。