椹が退室した後、秘書にキョーコの荷物を運んで来るように言ったローリィは、向かい合ったソファーに座るキョーコに、茶化す雰囲気も見せず訊ねた。



「…最上君、ラブミー部員としての君に聞こう。
…愛にも様々ある。
  君はどこまで受け入れられた?」



「…え…えっ、その…。
さ、様々な愛って…?」



ローリィの問いにキョーコは困惑を隠せなかった。



「友愛、姉妹の愛、家族の愛。
ほれ、色々あるだろうが。
例えば琴南君や雨宮君だ。
ラブミー部員仲間だけではない絆があるのではないのか?」



ローリィの言葉にキョーコは軽く考えた後、コクリと頷いた。



「はい、お互いの秘密を共有し合う、辛いときは相談もできる親友です。」



「結構。
では次は姉妹愛だな。」



「社長さん、私に妹はおりませんが…。」



「マリアだよ。
君を姉と慕うあの子は、君の妹のようなものだ。
…違うかね?」



そう言われてみれば…と思い返し、グレイトフルパーティーの準備の楽しさを思い出して微笑んだ。



「これもよし、だな。
次は家族愛だ。
…どうした?」



「…これは…有り得ません。」



諦め疲れたような表情を浮かべるキョーコに、ローリィが告げた言葉は、キョーコにとってまさに目から鱗であった。



「…最上君、血の繋がりばかりが家族ではないだろう?
俺が知ってるだけで君には親が4人は居るぞ?
君が下宿している、だるまやの大将と女将さんに、これからホームステイするあいつらが、な。
…違うか?」



第一、親じゃないなんてあっちが許さんだろうが、と言われ、キョーコは彼らを心の中で思い返してみた。

確かに彼らはキョーコに親に甘える気恥ずかしさや、暖かい気持ちをくれる人々だ。



「…私なんかが、あの人達を親だなんて言っていいんでしょうか。」



「ん?そうだなぁ…。
ま、だるまやご夫妻はともかく、あいつらは想像つくぞ?
クーの奴ならそんな事言ってみろ、君のでこが陥没するんじゃないかってくらいの強力なデコピンをお見舞いするだろうし、ジュリなら『ひどいわキョーコ!!ママじゃないなんて、あぁ、私の寿命はあと3日ねっ!!』…とか言いそうだなぁ。…どうだ?」



キョーコは彼らの姿を思い浮かべて、確かにそういう反応をしてくれるだろうと頷いた。

そしてだるまやの大将と女将さん。

LMEに入る時、後ろから背中を押してくれたのも、オーディションに落ちて回り道でも入る方法がないのかと叱咤してくれたのも大将だった。

悩んでいる時に優しく声を掛けてくれたのも女将さん。



「…確かに…大人の立場から時に励まし時に叱り、行く先を見守り続けて下さっている暖かい人達を親と呼んでいいのなら…あの人達が私の大切なお父さんや、お母さん達です。」



それから…とキョーコは続けた。



「…そういう意味合いでいくなら、椹主任も社長さんも父ですね。
  …いけませんか?」



ほんわりと暖かな気持ちを胸にキョーコが笑顔で答えると、ローリィは満足げに頷いた。



「上等だ。
家族愛、これも合格点だな。
…さぁ、この先だ。」



「先?」



「今までの愛はごく普通の子供なら、誰しもがごく当たり前に得てきたものだ。
だが最上君、君が育った環境の劣悪さ故に君はそれを知らずに今まで育って来てしまった。
LMEでの経験を通してやっとスタートラインに立ったと言ってもいいだろう。
この先の愛は、君の未来に繋がる愛だ。
これ無くして人は未来を紡げない。
君はそれを得たか?
…異性を愛する心を。」



「…え…。」



「きっかけでもいい。
側に居ると心が暖かい、逢えなければ気になる。
嫌われたら哀しくて堪らない、そんな風に思える男は居るか。」



キョーコはローリィのその問いに当てはまる人物が、ただ一人心の中にいることに気付いた。



ローリィ程の人間がその様子に気付かぬ筈がない。



「…居るな?」



「で、でも、私なんかじゃあの人の足元にも及ばない、雲の上の人ですよ?」



「…否定しないだけ上出来だが、私なんか、じゃねぇな。
愛に立場や身分なんざ何の意味もねぇってのは、昔っからの決まり事だぞ?」



「…でもあの人、好きな人がいるんです。
今は多分17歳の…女子高生を…。」



「何?それを何処で知ったんだ?」



「TVジャパで着ぐるみ越しに直接訊きました…。
彼は着ぐるみの中身が私だとは未だに知らない筈です。
でなければ今も手の掛かる後輩のままでいさせてくれてる筈がないですから。」



キョーコの告白に、ローリィは盛大な溜め息を吐いた。



あの顔だけ百戦錬磨、中身恋愛初心者のヘタレ男め、と内心で毒づきながら。