キョーコが完全に見えなくなって、尚が追いかけられない状況になるまで蓮は尚の手首を握ったまま動かなかった。



「蓮、もう大丈夫だ。離してやれ。」



社が宥める様に背中をポンポンと叩くと、蓮は漸く尚の手首を離した。



「…っクソ、あんただって歌手の腕に跡つけてんじゃねぇのかよ。
あぁ、痛ぇ。」



自分の手首を撫でながらこちらを睨み付けてくる尚を嘲る様に、蓮はクスクスと笑った。



「君と一緒にしないで貰いたいね。
君の手首のどこに跡が残ってる?」



「なっ!?」



「力任せに握るばかりが行動を抑える方法じゃないってことさ。」



きゃんきゃんと吠える尚を軽くあしらう蓮を横目に、社はおろおろしている祥子に近付いた。



「…改めましてご挨拶させて頂きます。
私、LME所属俳優、敦賀 蓮のマネージャーをつとめております、社 倖一と申します。」



儀礼的に名刺を差し出され、祥子も慌てて自らの名刺を差し出した。



「こ、こちらこそ失礼しました。
アカトキ所属歌手、不破 尚担当マネージャーの安芸 祥子です。」



お互いの名刺交換が終わったところで、社は祥子に痛烈な言葉を浴びせかけた。



「…貴女は彼を教育してないんですか?」



「…は?」



「…今の彼の行動が全てを物語っていますよね。
うちの蓮はそちらの不破君より芸歴が長い。
にも関わらずあれ程の態度をとる。
年上に取る態度でもない。
アカトキは所属歌手にまともな教育も満足にしないでデビューさせるんですか?
売れれば何でもいいとでも?」



「そっ…そんなことはありません。」



「…しかも先程のうちの京子ヘの暴挙、貴女は手助けまでしていたではありませんか。
収録時間が迫っていて急いでいるタレントの腕を掴まえて…。」



遠くてもちゃんと見えましたからね、と祥子が凍り付く様な眼差しを向けた社に、散々蓮に噛み付いた尚が牙を剥いた。



「何だよアンタ!!
アンタ達にゃ関係無いだろうが!!」



「…大有りだよ、不破君。
君、まさか少し前のバレンタインの事も覚えてないのかい?
君の暴挙のせいで彼女の仕事に支障をきたす所だったんだからね。
あの時の京子の仕事はドラマだった。
重要なキャストの1人である彼女が使い物にならなかったら、他のキャストやスタッフにどれだけの迷惑を掛けたと思っているんだい?
うちの蓮が宥めて落ち着かせて、漸く撮影に入れたくらいだ。」



全くとんでもない事してくれたよ、君は、とこれまたブリザードが吹き荒れる様な怒りのオーラを醸し出す社に、蓮はそろそろ行こうと声を掛けた。



この事は以前の分も含めて正式に抗議すると言い放ち、社は尚と祥子に背を向けて歩き出したが、蓮は見下ろす様に尚を見ると、極めつけの一言を置き土産にして去っていった。



「あの時…彼女が言ってたよ。
“あのバカがした事なんて、アリクイに唇舐められたようなものです!!”…ってね。
じゃあ失礼、アリクイくん。」



にっこりと輝かしいまでの笑顔で言い放ち、蓮は社の後に続いてその場を後にした。



尚も祥子もあまりのショックに暫くその場を動く事が出来なかった…。



後日LMEからアカトキに正式に抗議が入り、祥子は尚の担当マネージャーを外され資料室整理をさせられる事になるのだが、マネージャーを外された事で尚と同棲していた事も発覚し、祥子はアカトキを解雇され、二度と彼らの前に姿を現す事は無かった。



そして尚にはアカトキ所属の俳優や歌手、タレントやお笑い芸人等の独身寮行きが命じられ、一番下っ端としての生活を強いられた。


芸能活動も最低限に抑えさせられ、独身寮で寮の先輩達の洗濯物を片付けたり、買い物を命じられてコンビニに深夜走ったり…。


尚にとっては体験した事のない屈辱的な日々であった。



〈くっそぉ~!!
何でこの俺様がこんな事しなきゃならないんだよ!!
祥子さんとも会えねぇし、仕事は減らされるし…みんなキョーコのせいじゃねーかっ!!
アイツが俺の言うことさえ素直に聞けばこんな事にはならなかったんだ!!〉


尚は知らなかった。


祥子が既に解雇され、アカトキから居なくなっていたことも、あの日の京子と蓮、社と自分達のやり取りが動画サイトに流され既にファンクラブの会員数が4分の1になるほど人気が急降下している事も。


そのせいで仕事が減っていた事も。



そんな時だった。



以前見掛けた派手な出で立ちの少女に再会したのだ。










若干熱でへろへろしながら布団の中で携帯ぽちぽちやってます。

なので一応読み返して大丈夫か確かめてからのupですが、変なところがあったらお知らせ下さいませ。