椹と話をしながら、ローリィは頭の中でもう一人の隠れラブミー部の男の事を考えていた。

かの少女に想いを寄せること2年、周囲には駄々漏れな行動にも拘わらず、見てくれに反比例するヘタレっぷりには開いた口が塞がらず。

いずれ告白するだろうと高を括って居たが、ささやかな幸せに満足しているのか全く進展する気配がまるでない。


いつまでもこのままというわけにもいかないし、折角自らの力で輝き始めた宝石を目の前にして磨かずにいられる程、ローリィは大人しい性格の持ち主でもなかった。


〈この際あのヘタレは放っといて、最上君にはしっかり勉強してステップアップして貰うとするか…。〉


「すまん椹、最上君に伝言だ。
まだ未定な部分も多いから、琴南君と天宮君以外には他言無用だと伝えてくれ。」


彼女らならそう簡単に吹聴するような真似はしないから心配は要らないしな、とローリィが付け足すと、椹は首肯して退出して行った。



それから更に数日後。

着々とスケジュール調整が行われる中、ラブミー部の部室で揃ったキョーコ、奏江、千織の3人は互いの近況報告をしていた。

キョーコも話の流れの中で2人にアメリカ留学やオーディションの話をする事になったのだが…。


「…ふ~ん、そんな話になってたんだ。
アメリカとはね、先越されたわ。」


「そのプロデューサーの名前聞いたことありますよ。
結構有名なドラマや映画のプロデュースで有名な人だもの。
京子さん一気に飛躍しちゃうのね。」


同じラブミー部員として同胞の活躍を素直に喜べるようになった千織と、何だかんだ言いつつキョーコを応援、叱咤激励して共に成長してきた奏江は仲間の吉報に心からの笑みを浮かべた。


「ま、まだ確定した訳じゃないし。
取り敢えずあっちでオーディションを受けてくることになったの。
留学するかどうかはまだ決めかねてるんだよね。
あ、くれぐれもこの話はここだけの話という事でお願いね、モー子さん、天宮さん。」


「…敦賀さんには報告しないの?」


奏江の言葉にキョーコは首を横に振った。


「まだ未定だし、ちゃんと決まったら報告するつもりなの。
取り敢えずスケジュール調整が終わり次第あっちに行ってくるから、それからまた社長さんと椹主任と相談して、それからね。」

〈〈…後から知ったら絶対凹むわね、あのどヘタレ俳優サマは。〉〉


…などと奏江と千織が思っていることなど露知らず、キョーコはホンワカとした笑顔で2人と向き合っていたのだった…。



スケジュール調整も無事終わり、明後日に渡米すると決まっていたその日、キョーコは久方ぶりに尊敬する大先輩とその有能なマネージャーとばったり遭遇した。


「ご無沙汰してます、敦賀さん、社さん!!」


「やぁ久しぶり、最上さん。
元気そうだね。」


「おはようございます、頑張ってるみたいだねキョーコちゃん。
見たよ、この前から流れてるCM。
大評判だね。」


最近の仕事に関しての感想を言われてはにかむキョーコに、蓮はささやかな幸せを噛みしめていた。


「あ、ところでキョーコちゃん、明日は夜空いてるかな?
久しぶりにまた蓮の夕食を頼みたいんだけど…。」


社の申し出に、キョーコは申し訳なさそうに頭を下げた。


「…すみません、明日の夜は社長さんに呼ばれてまして…。
しばらく他の依頼もお断りさせていただく事になっているんです…。」


敦賀さんの食事情を知っているだけにお断りするのは心苦しいのですが、と本当に残念そうに話すキョーコに、蓮は無意識に手を伸ばして頭に触れていた。


「…社長の指令じゃ仕方がないね。
今は何やってるの?」


「明後日の朝の便でアメリカに行くマリアちゃんに、お人形作り教室してます。
自分のお人形をパパに持って行くって頑張ってますから、そのお手伝いで昨日から泊まり込みなんです。」


嘘は言っていなかった。
渡米するキョーコに是非同行したいとマリアが言い出し、久し振りに父・皇貴に逢いに行くにあたり、お土産の人形を製作していたのだ。

ローリィからもそう言って渡米までラブミー部の依頼を断る様に言われていたのだった。


「あ、じゃあその後は?
都合のいい時は?」


蓮にキョーコ不足を解消して仕事に励んで貰いたい社としては、何としても食事の依頼を取りつけたかったのだが…。


「…申し訳ありません。
すぐ地方ロケに行かなくてはならなくて、しばらくは無理かと思います。
社さん、頑張って敦賀さんに食事を摂らせてあげて下さいね?
…あ、もう行かなくちゃ。
すみません、では失礼します。」


見事に空振りさせられた2人は、足早に去っていくキョーコの後ろ姿を見送るしか出来なかった。