『呼び方が違ぁうっ!!
ちゃんと言い直しなさい、キョーコ!!』


いきなり怒られキョーコは肩をすくめると、おずおず躊躇いながら言い直した。


「え、えっと…。
お、おとう…さん…?」


『全く、たまには連絡くらいしてこないと慣れないだろうが。
疑問符抜きになるのはいつになるのかな?』


悪戯っぽく笑うクーに、キョーコの緊張も解けた様で、画面越しとはいえ久しぶりの対面に頬が緩んだ。


「…すみません。
おとう…さんもお元気ですか?
何か社長さんが厄介事に引っ張り込んだみたいですけど…。」


『ボスが引っ張り込んだんじゃない、私が持ち掛けたんだよ。
事情はボスから聞いたんだろ?
私の仕事仲間が望む演技の出来る若手女優は、私の知る限りお前しかいない。
こっちにおいで。』


「進学話が留学話になったのは先生…じゃなかった、お父さん…の提案だったんですね?」


『ああ、ボスからその話を聞いてな、ついでだから成績表も送って貰った。
実に素晴らしい成績じゃないか!!
流石は私の自慢の娘だ!!
演技の勉強も学生としての勉強も、しっかりしているとは、お父さんは鼻が高いぞ!!
お前の成績なら、こっちに留学してステップアップした方が今後の為にもなるだろう?』


演技の勉強も合間に私が見てやれるからな、ホームステイ先も私の家で決まりだぞ!?と、まるでほぼ決定事項のように言われて、キョーコは開いた口が塞がらなかった。


「…最上君、留学するしないは君の意志で決める事だが、オファーが来ているのは事実だからな。
椹や松島とも話し合ったが、この役は我々が知る限りあちらの条件に合う女優は君だけだ。
あちらが欲しがっているのは、真の大和撫子の立ち居振舞いを演じられる若手女優なんだよ。
社長命令だ、アメリカで自分の力を試して来なさい。」


あちらのプロデューサーに直接会って帰って来てから、また改めて進路の話をしようとローリィに言い切られ、キョーコは社長室を退出させられた。


「…さてクーよ、そっちにキョーコが行けるのは少なくとも2週間後だ。
レギュラー番組の交代やらドラマの早録りやらな。
行く日程が決まり次第知らせるから、プロデューサーにはお前からアポ取って置けよ?」


『任せて置いてくれボス!!
キョーコが如何に素晴らしい才能の持ち主か、私が懇切丁寧に彼に説明しておこうじゃないか!!』


「阿呆か!!
相手に変な先入観を植え付けるんじゃねぇ!!
…全くこれだから重量級の愛情持ちは手に負えねぇっつーんだよ。
ともかくだ!!
最上君がステップアップするいい機会だからな、そっちに行ったら面倒見てやれよ?」


『心配要らないよ、ボス。
こっちでの宿はうちで預かるしな。
私もキョーコのスケジュールに合わせて時間を空けるように手配するから。』


つくづく過保護な親父だなとからかわれながらも、クーは当然だと胸を張って電話を切った。


「…さてと、椹。
聞いての通り最上君は2週間後にはアメリカ行きだ。
スケジュールの調整と引き継ぎ、今撮ってるドラマのプロデューサーに事情説明しての早録り等々、大急ぎになるがよろしく頼むぞ。」


ラブミー部であるが故にキョーコのマネージャー業務は必然的に椹が直轄管理している。

途中から口を挟む事なく事の次第を傍観していた椹は、頷いて了承しながらも疑問を口にしたのだった。


「…事態の把握は出来ましたし、その対処についても否やはありませんが…ラブミー部である彼女を卒業出来るまでバックアップしないとお決めになったのは社長の筈ですよね?
いいんですか?」


「客観的に見てみろや。
今回の件、事務所的に何かして決まったか?
話はあっちからの打診、俺達はリストアップもして最上君以外に送った候補も沢山居たんだぞ?
そんな中であちらから最上君がいいと言われたんだ。
何処もバックアップなんざしちゃいねぇんだよ。
最上君が自分で造り上げた人脈と実力の為せる業って訳だな。」


今ですらこれなんだ、うちで全面的に売り出すとなったら半端ねぇぞ、と困った様な嬉しい様な複雑な笑みを浮かべるローリィに、椹もまた同意せざるを得なかった。