カットがかかると、スタッフは慌ただしく動き出し、キャストにはメイク直しや衣装のチェックがこまめに入る。


キョーコはセットから降りてカメラ枠から外れ、次のシーンを見学していた。





「…母上、今何と…?」


「そなたに縁談が来ております。
お相手は此方が望むべくもない御方です。
…お分かりですね、永遠どの。」


「…しかし私は…!!」


「そなたの兄君が藩主と成られたならば、そなたは臣下としてお仕えすると常々申しておられましたね?」


「…はい。」


「しかし此度の申し入れはそなたの今後を決めるものでしょう。
お相手となる姫君は他藩の御方ゆえ、婿としてそなたを迎え、いずれはそなたを次期藩主にと望まれての事なのですよ。
そなたにこれ以上の良縁はありますまい。
…そなたに好いた女(おなご)がいる事、母とて知らぬ訳ではありません。
好いた女(おなご)を妻にするも一つの道ではありましょうが、しかしそれではそなたの男としての英達は叶わぬ。
この話を受けてはくれまいか。」


「……暫し時を頂戴致したく存じます。」


永遠の返事に奥方は頷き、明日上屋敷に行くので共に行く様に告げると、下がる事を許した。





「…カット!!OKです。」

スタッフの声に緊張感が一瞬で解ける。


キョーコは知らず知らずのうちに詰めていた息を吐き、肩から力を抜いた。



「…どうかした?
京子ちゃん。」


セットから降りて来た蓮が息を大きく吐いていたキョーコに声を掛けた。

スタジオでは蓮は“最上さん”ではなく“京子ちゃん”と呼ぶ。

当たり前なのだが、不思議な感じを覚えながらキョーコは笑みを返した。


「いえっ、何でもありません。
大先輩の演技を見学出来て、凄く勉強になるなぁと思ってました。
しかも結構長い台詞なのにNGなんてほとんどないんですもの。
私も頑張って早くあのレベルに上がりたいです!」


握りこぶしで目をキラキラさせていたキョーコに、クスクス笑いながら同じくセットを降りて来た飯塚が声を掛けた。


「貴女も結構頑張ってるわよ?
言葉遣いも特殊な時代劇で、慣れないでしょうにNGも少なくて。」


“DARKMOON”で共演した大先輩の言葉にキョーコは恐縮した。


「い、いえ!!
私、ベテランの皆様の足を引っ張らない様にするので精一杯なんです。
引き続きご指導お願い致します!」


「…貴女みたいな子は可愛がられるわ。
  困った事があったら相談にも乗ってあげるからいつでもいらっしゃい。
  じゃあ、お疲れ様。」


相も変わらぬ美しい所作の挨拶に、京子に対する好感度が更に上がった飯塚は機嫌よくスタジオを後にした。


こうしてキョーコはまた味方を無自覚に増やしていったのだった。