「…もうすぐクランクアップだね、“華恋”。」


タクシーの車内、社は運転手に頼んで助手席に、後部座席にキョーコが座っていた。
キョーコは隣同士でも良いと言ったのだが、社は担当しているわけでもない女優と隣同士になるわけにもいかないとキョーコを言いくるめ、この位置に落ち着いたのだった。


「あ…、はい、そうですね。
凄く充実してましたから、あっという間でした。
初めての映画で右も左も分からない私に、監督さん始めスタッフの皆さんもキャストの先輩方も本当に良くして下さいました。
大先輩の皆さんの演技に直に触れられて、とても勉強になりましたし…!
こんなに充実してていいのかなって思っちゃってました。
  …だから終わりが近いって、淋しいですね。」


淋しそうに語る駆け出したばかりの女優に、社は顔を綻ばした。


「良かったね。
キョーコちゃんは今の娘にしては礼儀正しいからね、それに勉強熱心だったし。
好感を持たれても嫌われる要素は少ない筈だよ。
だからみんな可愛がってくれるんだよ。
  それにね、淋しいって感じるって事、みんなに明日言ってごらん?
  きっといい現場だったから、自分達も同じだって言ってくれるよ。」


「えへへ。
そうなら嬉しいですね。」


照れ笑いするキョーコに、内心社は(その顔は反則です!)と思うのであった。



「じゃあありがとう、キョーコちゃん。
ゆっくり休む…時間はないか。
また明日。」


タクシーに待ってもらって、キョーコを降ろし、だるまやの女将さんに会って挨拶すると、社はタクシーで帰路に着いた。。


帰宅した社にはまだ仕事が残っていた。

連携している新開・緒方・黒崎の3人の監督と不破のプロデューサー、麻生 春樹女史、そして今や完全に指揮権を発揮している自社の社長、ローリィ宝田への報告メールを送るという仕事である。

ノートパソコンを立ち上げると、ゴム手袋を嵌めた両手でカタカタとキーを打ち始めた。


『お疲れ様です。
本日の報告メールです。
  麻生さんの頑張りもあったのでなかなか接触出来ずにいた不破君ですが、ついにキョーコちゃんに接触しました。
接触時間は短時間でしたが、マネージャーを帰らせて、キョーコちゃんを捕まえようとしていたものと思われます。
相変わらずキョーコちゃんを自分のモノ扱いしてました。
  クランクアップも近いので、第二弾の準備を急ぐ必要を感じます。
以上 社 倖一 』


打ち終わり、一斉送信すると、日付が替わる前に一通の返信が入って来た。


『対策会議をするぞ。
全員集合、スケジュールを調整して3日後の夜10時、俺の家に来い。
追伸 場所を知らなきゃ、社から聞け。
  以上 ローリィ宝田』


軽口なメールの多い社長にしては、些か語気が荒い気がしたが、時間指定で呼び出しを受けてしまった以上、大慌てでスケジュール調整をする事になってしまった。



(蓮のスケジュールは分単位なんだぞ~!
今から調整して…3日後の夜は、キョーコちゃんに協力して貰うか…。)



手帳とパソコンを交互に見て、悪戦苦闘する社は、キョーコの美味しい夜食に心底感謝した…。








このミッション、始まってからずっと、全員が進捗状況や肝心の3人の1日の動きを社長に報告。
スパイかね、皆の衆。