「お疲れ様でした!
お先に失礼します。」

撮影の疲れがあっても、自分なりに今出来る精一杯の力を出し切っていると思える充足感から、キョーコは元気よく監督、共演者にスタッフまで挨拶してスタジオを後にした。
時刻は夜10時に差し掛かろうという時間帯、駆け出しタレントとはいえ10代後半の年頃の娘が一人で道を歩くには危険な時間である。



(今日もいい勉強させて頂けたわ~♪
ベテランの先輩方に囲まれてお芝居するなんて、お金で買えない貴重な体験だもの!
それに以前先生も仰言ってたもの、“見る物、体験する物、その空気全てを記憶するように心掛けろ”って。
ホントに充実してる~♪)



帰り支度も済んで、控室を出たご機嫌なキョーコに、不機嫌の元が声を掛けて来た。


「待てよ。
もう仕事終わりだろう。
飯食いに行くから、ついてこい。」

天上天下唯我独尊、わがままな役がこれほどピッタリくる男はそうはいないと思っていた男が、ロビーに近い休憩スペースに座っていたのだった。


キョーコはため息混じりにショータローを一瞥すると、営業スマイル以外の何物でもない笑顔でばっさり切り捨てた。


「ああら、トップアーティストの不破 尚さんが何の御用ですか?
何かおかしな言葉が聞こえてきた気がしましたけど、聞き間違いですよね。
お疲れ様でした。」

やや大きめの声で挨拶し、横を通り過ぎようとしたキョーコは、些かムッとした様子のショータローに腕を掴まれたのだった。
キョーコも今度は声を抑えて、ショータローを睨みつけると本音と嫌悪感剥き出しで話し出した。



「なによ。
あんたなんかと食事だなんて冗談は顔だけにしなさい。
第一、祥子さんはどうしたのよ。」

「祥子さんならもういねぇよ。
だからお前についてこいって言ってんだろうが。
俺様のこの美しい顔を見て何で“冗談は顔だけにしろ”なんて馬鹿なコトいいやがるんだ!」

「五月蝿いわよ。
顔と歌だけの、中身最悪な男に付き合ってご飯なんて、まずい夕食はごめんだわ。
…あっ、と…。」

腕を振り払い、震え出した携帯電話を開いたキョーコの顔がほんの少し緩むのを、ショータローは見逃さなかった。


「はい、もしもし。
…あ、はい。
今ロビーの近くで…。
…っ!?
何すんのよっ!!」

『もしもし!?
最上さん、どうした!?』


予想通りの電話の相手に、ただでさえいらいらしているのに余計にいらついたショータローは、電話の相手に邪魔するなと言い放ち、勝手に電話を切ってしまった。


勝手に電話を切られたキョーコは、怒りもあらわにショータローに噛み付いた。

「あんた人の電話に何すんのよ!?
折角敦賀さんが掛けて来て下さったのに…!!
どういうつもり!?」

「うるっせえな!!
お前もお前だ!
大体俺のモンに手ぇ出そうとしやがるアイツも気に入らねぇんだよ!」

「誰があんたのものよっ!
寝言は布団の中で言いなさいよっ!!」

周りの目も憚らず、口喧嘩を始めてしまった二人を、冷静なテノールボイスの持ち主が止めに入ったのは、そのすぐ後だった。







やっぱりこの二人、喧嘩を止めるのはあのお方。(笑)