結局答えの出せぬまま、おりょうの足の怪我も歩けない程ではなくなり、父と相談してから決めたいと言うおりょうの意向を汲んで、永遠はおりょうを家まで送り届ける事にした。


「あの…永遠さま。」

未だ少し足を引きずるおりょうに無理はいけないと駕籠屋を頼み、ゆっくりとおりょうの家への道を辿っていると、駕籠の 中からおりょうが並んで歩く永遠に話し掛けてきた。

「どうした?」

「私、歩けますよ。
ここまでしていただかなくとも、家まで歩けない距離でもないですし。
駕籠なんて勿体ないです。」

「あのね、それは怪我をしていない時なら歩けるだろうが、その治りきっていない足では二刻(約4時間)掛かって悪化させるのがおちだよ。
お前が歩くよりも速いし、何より足を悪化させずに済む。
駕籠でいいんだよ。
怪我人はおとなしく乗っていなさい。」

そうまで言われては、おりょうはもはや何も言う事はできず、おとなしく駕籠に揺られるままになっていた。



所変わってこちらは、おりょうと父、利助の住まいがある浅草の長屋。


「なあ、おじさん。
おりょうが俺の嫁になりゃあ、おじさんだって不自由はしないだろう?
おりょうは父親のあんたが心配で嫁に行かないんじゃないのか?
おじさんから俺の嫁になるように言ってくれよ。」

「…悪いが若旦那、俺が若旦那のところに嫁に行けって言えるはずがない。
少し前にあんた、往来の真ん中でおりょうに言われているだろう?
俺もおりょうと同じ気持ちなんだよ。
さ、お帰り下せぇ。
仕事の邪魔だよ。」

おりょうに手酷い振られ方をされておきながら、尚も諦め切れない相模屋の若旦那、正太は父親の利助の言うことなら聞くだろうと長屋にまでやって来て、結局すげなく追い返される事になったのだったが、折り悪しく駕籠に乗せられて帰って来たおりょうと鉢合わせしたのだった。


「おりょうっ!
久しぶりじゃねえか?
今までどこに行ってたんだよ!」

若旦那の顔が目に入った途端、おりょうは苦虫を噛み潰したような顔をした。

「なんであんたにそんな事言わなきゃならないのよ。
関係無いでしょ!?
さっさとそこどきなさいよ、邪魔なんだから。
…ただいま、おとっつあん。」

「おりょう!
帰って来たのかい。
…そちらは、どなただい?」

「お世話になっていたお屋敷の…あんたまだいたの。」

おりょうはしっしっ、と犬でも追い払うように手をひらひらさせると、正太の目の前で入口の障子をぴしゃりと閉めたのだった。