おりょうは胸の中に仕舞っていた優しい男の子の事を話した。
犬に追われて、危ないところを助けてくれた上、追われ過ぎて帰り道も分からない自分を送ってくれた優しい男の子の事。
手掛かりは武家の若君だったらしい事と、思い出にとくれた小さな根付けだけ。
話を聞いた八重もさとも、感慨深そうにため息をつく。
「…そういうのは心に残るよねぇ。」
「あたしらにもそういう頃があったよねぇ、お八重さん。」
そんな会話を聞いていた人物がいたとは知らず、三人の話は続く。
「…ま、かわいい恋の話はここまでにしといてさ、あんた、足が治ったら帰っちまうのかい?」
「あ…、はい。
元々いきががり上置いて頂いてた訳ですし…。
おとっつぁんには文を届けて頂いてもらってはいますが、それでも心配かけているでしょうし…。
歩ける様になりましたら、お暇(いとま)しようと思ってます。」
「奥方様もあんたを気に入ってるみたいだし、思い切ってこちらにご奉公を願い出たらって思ったんだけどねぇ。」
「永遠さまもがっかりなさるだろうに…。」
永遠の名前が出た途端、たちまち顔を真っ赤にして、おりょうは慌てだした。
「なっ、な、な、なんでそこで永遠さまのお名前が…!」
「おや、だってそうだろう?
怪我をしたあんたを助けたのは永遠さまなんだからね。」
「そ、そ、そ、そうでしょうか。
ご迷惑ばかりおかけして、私ったらちっともお役に立てないのに…。」
わたわたしていたおりょうの頭の上から、突然柔らかい低めの声が降ってきた。
「そんな事はないよ、おりょう。」
振り仰いだ先には、優しい笑みを浮かべた永遠が立っていた。
「お前がいると、屋敷の中が一層明るくなる気がするよ。
今までだって八重や、さと達がいるから楽しかったが、より一層明るくなっていると思う。」
「か、過分なお言葉です、永遠さま。」
「母上もお前を気に入っているし、ここで働いてくれる気はないかい?
皆もきっと喜んでくれる筈だ。
もちろん私もだが。」
「永遠さま…。」
「考えておいておくれ。」
何故かは分からないが、今までより更に優しい声で、優しい眼差しで自分に接した永遠に、胸の高鳴りを抑え切れないおりょうであった。
次回は馬鹿旦那、出せるかな…。←こらっ