「…椹さん。
光さん、具合が悪かったんでしょうか。
夕方からの公開収録、大丈夫でしょうか…。」

自分が原因で光が固まってしまったなど露ほども思っていないキョーコの言動に、がっくりと脱力しながらも、椹は時計に目を遣った。

「雄生も慎一もいるんだ。
心配はいらないよ。
それより先生がお見えになるのは何時だね?
今、10時20分を廻ったところだが…。」

言った途端にキョーコは慌てだした。

「えっ!?もうそんな時間ですか?
後10分くらいでいらっしゃる筈なんです!
もう準備しないと!
すみません椹さん、私これで失礼します!」

わたわたし始めたキョーコに早く行きなさいと言ってやると、マリアちゃんにもごめんなさいと言い残し、物凄い勢いでタレント部から走り去って行った。
残されたマリアに、椹はぽつりと零した。

「なぁ、マリアちゃん。」

「なんですの?
おじさま。」

「ずいぶんと派手に事務所の中で遊び回ってたみたいだね。」

「たいした事してませんわよ?
あのお姉様とあちこちの部署を覗き見してただけですもの。」

「…それでモデル部門と歌手部門の主任が直々にスカウトなんかするとは思えないよ?」

「あら、情報網が行き届いてますわ♪」

「騒ぎを起こしながら逃げ回ってるから、見つけたら連絡くれって話が回って来てるんだよ。」

「お祖父様のところに話が行くようにしたらいかがです?
椹のおじさまにだってお仕事があるんですもの、扱いきれないでしょ?」

「…そうさせてもらうよ。
社内を掻き回して楽しんでるな、あの人は。
後始末くらいしてもらわないと割に合わないよ。」

マリアとの話を打ち切り、椹は社内全域にキョーコに関するメールを配信した。

“本日、事務所見学をしている少女は、社長の愛孫、マリア嬢が同行している事からも察しがついていると思うが、社長の関係者である。
よって、彼女の素性その他聞きたい事は全て文書にして社長室に上申せよ”

「…これで少しは落ち着くだろう。
さて、マリアちゃんはこれからどうするんだね?」

「そうですわね…。
とりあえずお姉様を追いかけて、同行出来るようならご一緒させていただくつもりですわ♪」

そういう事で失礼しますわね、とマリアはタレント部を去って行った。
残されたタレント部の面々は、ジャングルジムで振り回された後のようにくらくらする頭を抑えながら三々五々、仕事に戻っていったのだった。





正体を知りながらも、結局振り回されたタレント部でした。
…こっちも進みがでんでんむし…。