「そこで何をしている!」


若い男の鋭い声に、その場の全員が一瞬凍り付く。
近付いてきた男は、いかにも身のこなしに隙のなさそうな背の高い若侍。

「…何をしている。」

若侍はもう一度問う。
言わなくとも分かると思える状況だったが。
口を塞がれ羽交い締めにされ、足を抱え上げられて、どこかに連れて行かれそうになっている娘(おりょう)と、娘の口を手で塞ぎ、後ろから羽交い締めにしている男とその手伝いをするように足を抱え上げているもう一人の男。
明らかにかどわかしの現場だった。


「…その娘を離せ。
今ならまだ見逃してやろう。
さもなくば…。」

「何だって言うんだよ!
邪魔すんじゃねぇ!
この若僧が!!」

足を抱え上げていた方の男が手を離すと、懐からいかにもごろつきが持っていそうなドスを取り出し、若侍に襲い掛かる。
しかし男の刃物は瞬時に手から消え失せた。
たちまちドスを握っていた方の手を抑え、うめき声を上げて座り込む。


「…峰打ちだ。
指と手の骨が何本か折れたかもしれんが、死にはしない。
さぁ、さっさとその娘を離して失せろ!
それとも腕が無くなった方がいいか!」

いつ抜いたのか、刀を構えた若侍は切っ先を娘を羽交い締めにしている方の男に向けた。
侍の覇気に怖じけづいた男達は、慌てておりょうから手を離すと、脱兎の如く走り去った。


「…大丈夫か?
怪我は…ないか?」

男達が逃げ去った後、若侍はため息を一つついて、刀を仕舞ってから座り込んでいるおりょうに近付き、声を掛けた。
おりょうはしばし茫然としていたが、掛けられた声に目線を上げ、ようやく我に返る。


「あ…、ありがとうございました。
おかげで助かりました。」

「…立てるか?」

そう言って手を差し延べると、おりょうは躊躇いながらも怖ず怖ずと手を延ばす。

「…痛っ…!」

立ち上がりかけたところで、おりょうは足の痛みに顔をしかめ、再びしゃがみ込んだ。

「見せてみろ。
…酷く腫れている。
これでは歩けないな。
…おいで。」

そう言うやいなや、若侍はおりょうの膝裏に手を差し込み、ひょいと抱え上げた。

「きゃあっ!」

驚いて思わず声を上げると、若侍はおりょうを見て笑った。

「案ずるな。
怪我の手当てをするのにちょうどいい場所が、すぐそこなんだ。」





劇中劇“華恋”編まだまだ続きます。