photo by 青空白帆







副科ピアノですが。。何か?。。~もぐら先生へのオマージュ~ シリーズ目次




副科ピアノですが。。何か?。。 第1回 ~もぐら先生へのオマージュ~


副科ピアノですが。。何か?。。 第2回 「無くて七癖」の巻


副科ピアノですが。。何か?。。 第3回 もぐら先生の肖像



副科ピアノですが。。何か?。。 第4回 怒濤の千本ノック



副科ピアノですが。。何か?。。 第5回 右手と左手のための競走曲??


副科ピアノですが。。何か?。。 第6回 もぐら先生の預言「ド~ン!」が二度上がるとき全ては解決される


副科ピアノですが。。何か?。。 第7回 「先生。指が足りません。。」の巻



副科ピアノですが。。何か?。。 最終回 ~もぐら先生のお茶タイムは「大英帝国」にて候~
















副科ピアノですが。。何か?。。 第5回 右手と左手のための競走曲??






もぐら先生に入門してしばらくの間、おいらは もぐら先生が毎回毎回 

ソナタアルバムから宿題を出されるのを 必死にさらって持って行ったものだが、

ある日のこと。。。




「あなた、自分で 何か 弾きたいなと思ってるのは 何かある?」 と聞かれたのでおいらは、


「バッハ 弾いてみたいです」 と即答した。




先生は とりあえず、インベンションの最初の曲をみていらっしゃい、とおっしゃったので、

帰り道、先生に薦められた「春秋社」版の楽譜を買って、2声のインベンションの1番、

「ドレミファレミド ソ~ド~シ~ド~♪」 を、いっしょうけんめい練習して持って行った。


しかし




もぐら先生は、例の如く 腕を組んで目を閉じて おいらのインベンションを聴いていたが、




う~ん。 音楽が 縦に ぶつ切りになってるわね~。。。




先生のおっしゃっていることはよく分かった。そう。。バッハが縦に割れてちゃ意味がない。。




先生は




「右手だけで100回。左手だけで100回。寝てても手が動くくらい、片手ずつ練習してらっしゃい」




と、かなりシビアな出題をした。 しかも、次のレッスンまでに 13番の a-mollを だ。




実は この頃、今にして思うと、おいらは もぐら先生の意のままに、というか

もぐら先生の 挑発に まんまと乗せられていた。




もぐら先生はおいらの心の奥底に宿る「負けず嫌い」を見抜いて、おいらを猛練習に駆り立てたのだ。




今にして思えば 教鞭の経験も豊かなもぐら先生は、おいらのような阿呆な管楽器受験生が

放っておくと 毎晩飲み明かしたり遊び回ったり、浪人という貴重な充電期間を無為に空費してしまうのを 


ご承知だったのだろう。




単純というか、純粋な若き日のおいらは、先生の挑発を 受けて立った。 




右手100回。左手100回。 寝てても手が動くくらいだな。

  上等だ。 やってやろうじゃないか!




おいらは練習した。マジで練習した。 

   その一週間は 専攻楽器以上に 熱を入れて練習した。

      インベンション 13番 a-mollを!




しかし。。。両手で弾く練習は あまり出来ないまま、 次のレッスンを迎えた。。




さて。




もぐら先生を前に、おいらは 深呼吸をして バッハを弾き始めた。 不朽の名演が今始まる。


 なんてったって右手も 左手も 寝てても手が動くくらい 練習したのだ。




だが しかし!!!




予想外のことが起こった。  右手と 左手の テンポが。。。テンポが。。





右手のほうがハイペースに進んでゆく。 左手はやや、もたついている。


右手は、左手などおかまいなし、どんどん、先に進んでゆく、その一方

左手は、もうどうせ右手に追いつけないと さじを投げたらしく、右手を完全に無視して、


マイペースに我が道をゆく。




そのため、右手と 左手の差は どんどん広がる一方だ。




そして、右手と左手を統御すべきおいらの脳みそは 支配権を あっさり放棄してしまっている。


。。。。というか、どのようにして、右手と左手の仲をとりもってよいか分からないのだ。


もはや なすすべもなく、右手と左手は どんどんずれてゆく。




それは もはや 演奏というものではなく、 


おいらの意図と無関係に 右手と左手が 好き勝手に動いてゆく、不思議な現象であった。




そして。。。。それは 世にも不思議な、摩訶不思議な響きを生み出した。




メロディは明らかに バッハに相違ない。 そして、2声部は対位法的に、かけあっている。

しかし、ずれているので、2声部は 片時も調和せず、常に不協和音でぶつかり合う。


それはもはや バッハというよりも、 ヒンデミット か バルトークの弦チェレみたいな、

神秘的な、不可解な、インベンションだった。 ある意味 真の「インベンション」であった。






弾き直そうかと思ったが その前のレッスンで、もぐら先生は


「ちょっと間違えても、弾き続けて立ち直れるようにしとくのが 試験では大切よ」


とおっしゃったこともあり、おいらは、右手と左手が いつか仲直りしてくれるだろうということを祈りながら、


運を天に任せて、弾き続けた。




中盤を過ぎて、2声部が軽やかに掛け合いながら、転調を繰り返す、いちばん難しい部分に差し掛かり、


異変が起こった!




それまで、劣勢だった左手がぐんぐんとスピードを上げ、


その一方で、独走態勢にあった右手のスピードが落ち始めたのだ。




完全に 右手優勢と思われたレースが意外な展開を見せ始める。 


と言っても 相変わらず聞くに堪えない不協和音のままだが。。。




残り18小節ほどのところ、だと思う。。ついに!! 左手が右手を逆転した!!


右手もいっしょうけんめい 挽回しようと追走するが、左手はそのままリードを広げ、そして!




右手に 2小節の差をつけてゴールイン!!




どうしてそれが分かるかといえば、左手が弾き終わったとき、右手が2小節 余っていたからである。







もぐら先生は。。。。終始無言で聴いていた。。。。。が、


弾き終わって、おそるおそる先生のほうを見ると。。。。。いつもと少し様子が違う。。




目を閉じて 腕組みをしたままだが、 もぐら先生の肩や腕が 小刻みに震えている。。。

そして 間もなく




ぶっはっっはっは~ と おなかをパンパン叩きながら 大笑い。




そして、わらいながら 「あなた、どうして ずれたまま弾き続けられるの?」




それは先生が間違えても弾き続けるのが大事と言ったから。。正直微妙だなとは思ったけど。。。





先生は 笑い転げて、そのうち 涙まで流し始めた。




おいらは思った。 もぐら先生こそ、 途中で止めてくれりゃいいのに。。。。。




「いや~ 長年 いろんな生徒をみてきたけど。。。今日のあんたは最高よ。。」




そう。 片手づつの練習だけではだめだった。 両手でも練習しておくべきだった。




この時の演奏、録音が無いのが惜しい。 おそらく 再現不可能である。 

  録っておいてYouTubeに上げれば、貴重なネタになったはずだ。