『野球の国』 奥田英朗 | 手当たり次第の読書日記

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新旧は全くお構いなく、読んだ本・好きな本について書いていきます。ジャンルはミステリに相当偏りつつ、児童文学やマンガ、司馬遼太郎なども混ざるでしょう。
新選組と北海道日本ハムファイターズとコンサドーレ札幌のファンブログでは断じてありません(笑)。

奥田 英朗
野球の国 (光文社文庫)

ファイターズ優勝の喜びを噛み締めてぼーっとしたまま、数日を過ごしてしまいました(笑)。
まさかこのままクライマックスシリーズまで丸10日間もぼーっとしている訳にもいきませんからねえ。平常心でいきましょう。
さて、この本。読み終わったのは結構前なんですが、まだ感想書いてなかったんですね……てっきり書いたとばっかり思い込んで忘れてました(汗)。ちっとも平常心じゃないなあ。
私の場合、作家によって、小説をメインに読んでる人とエッセイをメインに読んでる人、何となく分かれてます。両方追っかけたのは司馬遼太郎・田辺聖子・新井素子ぐらいですねえ。
この著者・奥田英朗も、『イン・ザ・プール』が滅法面白くて名前を憶えましたが、小説以外のものも読んでみようとまでは思いませんでした。
なのに、「紀行エッセイ」と銘打たれたこの本を、目に止まったと同時に買うことにしたのは何でかというと。その「紀行」の中身が問題でした。野球紀行、なんです。
去年の日本シリーズの後、「Number」に載ってた彼のエッセイが実に良かったんですよね。「中日者の負け惜しみ」と言いながら、対戦相手のファイターズを良き敵と認めて誉めてくれて、ちゃんと小説家としての文章の冴えも味あわせてくれて。
あのエッセイを書いた人の、地方球場を訪ね歩いてのキャンプ見学記に観戦記。これは面白くない訳がない!
予想通りでした。
感触としては、前に記事にした『スポーツ発熱地図』と似ています。書名はこうですが、野球のことだけ書いてある訳じゃないんですね。たとえば沖縄なら沖縄へドラゴンズのキャンプを見に行く、その間の沖縄滞在中のことが全部書かれています。街並みの印象や、その時の自分の心境や、観た映画・読んだ本の感想や。


 午前零時。某ベストセラー小説を読了。とうぶん現代作家は読まない。自分の好みが少数派だとは自覚しているが、世間の評価とこうも食いちがうと気持ちが暗くなる。
 わたしは現在生み出されている小説をほぼ必要としていない。そのわたしがどうして小説を書いているのか。自分でも謎だ。


こんな一節が印象に残ります。奥田さんは山田太一ファン。
ひとりで街を歩いたり本を読んだりしていると我が身の来し方行く末を振り返ったりしてやけに内省的になる奥田さん、しかし球場ではすこぶる元気。松山は坊っちゃんスタジアムへスワローズ対ドラゴンズを観に出かければ、こんな調子です。


 古田が打席に立つと「アッちゃーん」という黄色い声援が飛ぶ。解せない。タレ目の女房持ちだろう。野球やってなきゃ絶対モテないルックスだぞ。


 わたしは岐阜生まれなので自然と中日ファンになったが、地元チームのない人たちは、どうやって各チームのファンになるのだろう。よく聞くのは、自我が芽生えたころ、覇権主義的な巨人が嫌いになり、たまたまその年に巨人を倒して優勝したチームを好きになるというケースだ。
 いずれにせよ、今この球場にいるのは、自我が確立した好漢たちである。
 電光掲示板に他球場の途中経過が映る。阪神が巨人に勝っていた。みんなが笑顔で拍手した。


ひっどいなあ、もう、言いたい放題(笑)。
と、こんな風に話題のメインは野球でも、「ライター」の「記事」ではなく「小説家」の「文章」であればこその読み応えと味わいのある、名エッセイだと思う訳なのですが。
この本、不満がない訳じゃないんですよね。中身についてじゃなく、別のところで。文句の矛先は著者・奥田さんではなく、編集者氏と出版社です。
読んでいると判るのですが、これ、書き下ろしじゃなくて雑誌に連載されたものだったんですね。しかし、掲載誌が判らない。
私が買ったのは光文社文庫版なんですけれども、文庫本としては珍しいことだと思うのですが、内容が、「本文のみ」なんですよ。巻末の解説がついてないのみならず、初出の紹介もありません。普通、巻頭か巻末に「初出『○○』何年何月号~何月号」とかって入ってるものじゃないのかなあ?
文中に出てくる選手の名前、映画やドラマのタイトルで、いつ頃の話なのかは読んでいれば判ります。でも、そういうこととは別次元で、これはやはり入れておくべき情報なんじゃないでしょうか。