乳がん~ピンクリボン運動に理解とご協力を

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 10月はピンクリボン運動の月間で各地で様々なイベントが行われています。僕の母も7年ほど前乳がんによってこの世を旅立ちました。僕は母乳で育ちましたので余計に悲しい出来事でした。



毎日がクリスマス☆クリスチャンしんちゃんの日記



 昨日は地元のピンクリボン運動に行きました・・・思いがけず僕の8年前の母の執刀医に会い、がっちりと握手してきました。外科の医師が男性であることはほとんどですけど、男性の参加者も居ました、医学の進歩というか、このような市民運動が広がった事で、患者さんの心のケア、患者さんを一人にしない運動の女性たちのネットワークが出来ました。男性も女性特有の病気に対して偏見を無くし、職場でも生理休暇同様、休業補償などの理解を示す事が必要ですね。



毎日がクリスマス☆クリスチャンしんちゃんの日記


 45歳が女性の乳がんの年齢的なピークになります。しかし45歳と言えば未だ家庭や社会の中で重要な地位を占めます、家族にとっても乳がん宣告は大きな苦痛を伴います。代替療法に活路を求める人も居ます、乳がんほど選択肢のある疾患も珍しいのだそうです。抗がん剤だけでも様々な組み合わせがあるのだそうです。最近は乳房を温存する手術や、リンパ節も最小の切除で済ませることも可能になってきたと言います。早期に発見する事の重要性、自己検診もそうですがパートナーである男性の協力も欠かせません、子宮がんにも同じことが言えます。


When I am down and, oh my soul, so weary;
When troubles come and my heart burdened be;
Then I am still and wait here in the silence,
Until you come and sit awhile with me.

ああ、打ちひしがれ、疲れきったとき
もしも困難がおとずれ 心に重荷を負ったとしても
じっとここで静かに待つ
あなたがやって来て しばらく座ってくれるまで

You raise me up, so I can stand on mountains;
You raise me up, to walk on stormy seas;
I am strong, when I am on your shoulders;
You raise me up... to more than I can be.

あなたが力づけてくれるから、山の頂に立つこともできる
あなたが力づけてくれるから、嵐の海もわたることができる
あなたの力を借りれば、私は強くなれる
あなたが力づけてくれるから、ひとりでできないこともできる

There is no life - no life without its hunger;
Each restless heart beats so imperfectly;
But when you come and I am filled with wonder,
Sometimes I think I glimpse eternity.

飢えのない人生などない
気ぜわしい胸の鼓動はひどく乱れている
でもあなたが来て、私が奇跡に満たされるとき
時に永遠をかいま見たと思うほどになる


当日演奏された曲・・・YOU RAISE ME UP





 このピンクリボン運動は乳がんの早期発見と心のケアまで含めた患者さんと乳がんの共生を目指したものです。しっかりとした歩みの中で家族や社会と共にこの乳がんと生きてゆくと言う事を支えていきたいものですね。


 患者が変える医療の未来、医療の進歩と共に心も進歩して行くことは良い時代になったと母の死から7年経って思ったものです。


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私が長い間こころのなかで思いつづけ、わたくしの仲のいい友達が集まって始めることができました, この運動は、わたくし自身が、乳がんの患者さんを知る医師であるとともに、たったひとりの姉を乳がんで亡くした患者の家族であったからです。乳がんになられた患者さんにふだんの生活のなかで接する方は、あまりおられないかもしれません。ですから、乳がんを取り巻く状況がどんなものであるかは、あまりピンとこないかもしれません。しかし今、乳がんが増え続けていて、女性の癌の中で一番多い現実からすれば、案外他人事ではないかもしれません。癌の告知を受けたその日から、乳がんの患者さんは、想像を越える絶望感や悲壮感にさいなまれ常に悩み、常に死に対する恐怖心と闘わなくてはなりません。



毎日がクリスマス☆クリスチャンしんちゃんの日記


 患者さんの家族にとっても、辛く重くるしい日々が続きます。しかし、医療の現場では、体は治しても心のケアーができる体制は、残念ながら未熟と言わざるを得ません。患者さんは、いまでもひとりぼっちなのです。私の姉は、46才の時に乳がんを発病し、49 才の時にこの世を去りました。短い人生でした。姉は、聡明でやさしく、頼りがいのある人でしたが、後には夫と二人の息子が残されてしまい ました。他の乳がん患者さんの家族の方と同様に、姉を亡くした後は、私を含めて家族のみんなのこころには、悲しさと空白感と寂しさが残りました。家族もまた深く傷ついたのです・・・私は思いました。

もし、姉や患者さんの乳がんがもっと早く検診で見つかっていたら!
もし、患者さんが、体も心も安心して、ゆだねられる医療の場があったら!
もし、乳がんで親を亡くした子供達が、元気になれたら!

私と 私の仲間は、この“もし”を“ほんとう”に変えるため、この日本で、ピンクリボン運動を始めました。私たちは“微力”ですが、頑張ります。
 
 みなさまのご理解とエールをください。きっと“おおきな力”になります。この“大きな力”が、必ず私たちの次の世代を救うと思っています。

 For the future generation!
 よろしくご支援のほど、お願い申し上げます。




              NPO法人J.POSH(日本乳がんピンクリボン運動)
                          理事長 乳腺専門医 田中完児

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