ポレポレでいこう♪

毎日わくわくしていたい!

好きな音楽や、好きなこといろいろ。
日常の「わくわく」を切り取ったお話しや、考えごと・ひとりごとなど。

何気ない日記の中にも、BUMPやPerfumeやシナリオアートが隠れています…(笑


テーマ:
「4月に連休とったからそっちに行こうと思ってるよ~」
と母から連絡があったのは3月の中頃。


母が大阪へ来ると聞いて、心が飛び上がるくらい嬉しくて、すっごく楽しみにしていたんだけど...

産後、私はまさかの薬疹で心身ボロボロ&夫は退院直後というバッタバタな中での再会となりました(^ ^;)

でも最高にしあわせな1日だった!


出産前から日にちは決まっていたので、母は「大変なときに行って大丈夫?」と心配していたけれど
せっかくお休みをとって、フェリーの手配もして、大分から遥々会いに来てくれるんだもん。
私だって会いたいし、楽しみにしてるし、次はいつ会えるか分からないし、是非来て!とお願いしました。

ただ、私も夫も状況が状況だしお迎えにも行けず...(夫は退院翌日。幸い、私の方は湿疹のピークは越えたかなぁというところだったけど)

部屋はごった返してるし、おもてなしらしいことも何もできないと思うけれど... と伝えると

「何にも気をつかわんでいいけんな。本当なら実家であぐらかいててもいいくらいなんやから。笑」って言ってくれて

実際、それが可能な環境があったとして おそらく私はじっとしてなんていられんのやろうけど

でも、そんなふうに言ってくれる人がいる
それを許してくれる人がいるというそれだけで、涙が出そうなくらい嬉しかったです。
きっと弟のお嫁さんにも優しいんだろうな~(*´ー`*)


本当のことを言うと、母を家に上げるのは恥ずかしかった。
できることなら、家じゃなく 外で会いたかった。

私がどういう環境で生活してるかっていうのは、3年前のあのときに話しているけれど...
実際こんな環境で生活しているということを目の当たりにしたら、心配かけるんじゃないかとかいろいろ考えてしまって。

でも、それよりも会いたい気持ちの方が勝っちゃったよね(*´ー`*)


母と最後に会ったのは6年前?
息子がまだお腹にいたときです。
生まれてからも、毎年会いに行きたいと思いつつも、行けないまま...
つまり、息子は大分のおばあちゃんに会ったことがないし、母も孫に会ったことがなかったのです。

息子が生まれたときは、孫を直接抱っこできない父と母にせめて...と思って「赤ちゃん米」っていうのを贈ったりしたなぁ。

「赤ちゃん米」というのは 出産内祝いのカタログなんかにもよく載っているんだけど、
子どもの出生体重と同じ重さのお米に、子どもの顔写真をラベリングしたり、おくるみに見立てたタオルも巻いたりして まるで赤ちゃんを抱っこしてるような雰囲気を味わえるという粋な贈りもの。
離れた両親に贈るならコレしかない!と思った。
母はすごく喜んで、届いた赤ちゃん米を抱っこしてる写真を送ってくれたっけ。


話しが反れましたあせる

4月某日
初めての大阪、一人旅
携帯のナビを頼りに母がやってきました。

母がうちのインターホンを鳴らすときがくるだなんて、不思議な気持ち。
ドキドキで玄関をあけると、そこには相変わらず細い母がいました。
いっしょに玄関までついてきた息子が賑やかにお出迎え(笑


私を見て「変わっちょらんなぁ~!」
中学生、高校生から変わってないという母。
それはそれでどうなんだ...(笑
(その後、息子のお泊まり保育のDVD鑑賞会をしたときも、お迎えシーンに登場した雨合羽姿の私をみて「中学生みたい」とはしゃぐ母。笑)

まぁ、親にとって子どもはいつまでも子どもってことかな?(^o^;)


そして、相変わらず白目がキレイだとも母は言いました。
「相変わらず」ってことは、昔からそう思ってたってわけで
母がそんな風に思っていたなんて初耳だし、母以外の誰かにそんなふうに言われたこともなかったので新鮮でした。
でも、名前の由来にもなっている目を褒められるのはなんとなく嬉しい。

そういう母も、相変わらずキレイだったよ。
照れくさくてなかなか本人には言えないんだけど、昔から思ってる。
かなり細いんだけど、食べるの好きでよく食べるってことも知ってるからあんまり心配にはならないよ(*^ー^)ノ笑

久しぶりに聞く大分弁も懐かしかった。
私はこっちで過ごすうちにすっかり方言が抜け、かといって大阪弁に染まるでもなく、中途半端な訛りと中途半端な標準語になってしまったよ。


はじめて会う「もう一人のおばあちゃん」に息子もテンションMAXです。
お土産まで用意してくれてて、早速遊ぶ&質問責め。

「こんなに喋ると思わんかったわ。笑」と母

そうなんです自閉症ってあんまり喋らないイメージあるかもですけど、うちの子は騒がしいくらい喋るんです。笑
チャームポイントとでもいいましょうか。


お土産たち↓

↑甚平も♪


しばらくは息子の卒園アルバムを見たり、お泊まり保育のDVD鑑賞をしたりして過ごしました。

母も最近のことを写真で見せてくれて
弟のとこの赤ちゃんの写真や弟の写真など(しばらく見ないうちにおじ... 大人っぽくなってた)
弟は母をご飯屋さんに連れてってあげたりもしてるみたい。
私ができない分まで親孝行してくれて、有り難いやら、申し訳ないやら...


私もこんな日くらいは、何かできたら...
本当なら大阪をいろいろ案内したいけどそういうわけにもいかず、本当になんのおもてなしもできない状態。
せめて昼ごはんくらいは... と朝にカレーを仕込んでおいたので一緒に食べる。

我が家のカレーは(余計なことはするなという夫の希望で)特別な隠し味も何もない、市販のルーを入れただけのカレーです。
具もにんじん玉ねぎじゃがいもお肉と普通(お肉はその時によって豚肉だったり鶏肉だったり。ちなみにこの日は鶏肉でした)

お皿に盛ったカレーを見て、まだ食べてもいないのに、「料理上手やなぁ」と母。
そして食べてからもなんだかんだベタ褒めしてくれました。
じゃがいものほくほく感だとか、お肉の柔らかさ、さらにはごはんの炊き加減まで。

正直、カレーという料理にそんなに褒めるところがあったとは...目からウロコです。
褒め上手だなぁ


孫を抱っこする母


DVDが自動再生で2周目に入ったころ
おもむろにギターを弾きはじめた夫
聴き覚えのある...

って、私が学生のときに作った曲やん。笑
えぇぇ... これは歌わないけん流れやんあせる

目の前には目をキラキラさせている母

そうだよね、私の歌聴いたことないもんね
聴きたいって言ってたもんね
せっかく来てくれてるんだもん
こんな機会は滅多にないもんね...

これは腹をくくるしかない(笑
心の中に現れる「でもでもだって」の魔物を振り払って、歌ったよ。

夫のおかげで、この日私たちにできる最上のおもてなしができたんじゃないかな、、だといいな。

楽しい時間はあっという間
夜にはフェリーに乗らないといけない
帰り際はなんだか名残惜しかった...
いつまでも見送っていたかった


お別れのあと、どちらからともなくLINEで
「今日はありがとう」
「こちらこそ、ありがとう」
「とても幸せだったよ」

その日撮った写真や動画を送り合ったり。

「無事にフェリー乗ったよ~」
「無事に帰りついたよ~」

ホッとひと安心
母のはじめての大阪一人旅もこれにておしまい。



息子は今でもふとした瞬間
「おかあさんのおかあさん、つぎはいつくる?」と言います。楽しかったんだね(*´ー`*)

次に会えるのはいつかなぁ
今度こそはこっちから大分へ行きたいな。


あの日以降も、ちょこちょこ連絡を取り合っています。
息子や娘の写真、ムービーを送ったりを口実にね。


母の日には、こんな写真が送られてきました。

私が子どもの頃、母の日に書いた手紙。なつかしい(笑
2000年ってことは、私が小学4年生のときかな?
今も残っていることにびっくり(そういう私も母が描いてくれた「がんばり君」っていうお守り的なイラストをいまだに持ってるんだけど)
紙の日焼けっぷりがすごい。



会えなかったこの数年
元気でいてくれてよかった。本当に。
私たちがいつでも遊びに行けるようになるまで、まだまだ元気でいてね、お母さん。


もちろん、お父さんもね!
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