酸化コレステロール皮膚炎』という大嘘


いまだに『ステロイド軟膏を塗ると酸化コレステロールとなって皮膚に沈着してアトピーが悪循環になる』という説を信じている人がいるようです。
この説は新潟大学免疫学の安保徹先生が一般書籍に書かれたことが発端となっているみたいです。

しかし、私の知る限り、ステロイド軟膏が酸化コレステロールとなり皮膚に蓄積することを証明した論文はありません。

上記の説以外にも安保先生は、喘息、腎炎などの多岐にわたる分野において、医学の常識とされている考えとは全く異なる自説を展開されています。あまりに常識とかけ離れた内容のため、安保徹先生の著書「医療が病を作る――免疫からの警鐘(岩波現代文庫、2001))」に対して、「暮しの手帖」 という雑誌が、多くの専門医と患者会の意見とともに反論を掲載しました。その雑誌を今も保管していますので、紹介しましょう。
引用はアトピー性皮膚炎に関わる部分のみです(他にも喘息、膠原病、アスピリン療法、腎炎について、各専門家と患者会が反論を載せています)。



 私たちはこの本に反対です
暮しの手帖 第100号10.11月 p60-63, 2002


≪略≫
 私たちは、この本の主張に反対です。内容は専門家がしっかり議論するべきことですが、とにかくこの本の内容を鵜呑みにするのは、間違った医療を受けることになると思います。
≪略≫


■アトピー性皮膚炎について

金沢大学皮膚科教授
竹原 和彦

 この本のアトピー性皮膚炎の記述は、医学雑誌に掲載された安保氏の論文を元にしたものである。その論文も合わせて、気になったことを指摘したい。
 安保氏の主な主張は、ステロイドホルモンの酸化物質がたまると、組織は交感神経緊張状態になり、血流の鬱滞と顆粒球がふえ、ふえた顆粒球が組織に浸潤し、炎症を引き起こす。これがアトピー性皮膚炎から治療困難な「酸化コレステロール皮膚炎」への移行で、ステロイド外用薬が皮膚炎の原因だということである。

 しかし、ここにはいくつかの問題や誤りがある。一つは、人間は自分の体の中でたくさんのステロイドホルモンをつくっているのに、なぜクスリとして使用したステロイドホルモンだけが酸化を受け、顆粒球増加を招くのかについて、全く書かれていないこと。

 二つめは、外用薬としてヒフにぬったステロイドは数時間で分解され、体の外に代謝されるのが薬理学の常識で、もしこの説を覆すなら、ステロイドをぬったヒフに酸化コレステロールが存在することを証明しなくてはいけない。しかし、そのようなデータはどこにもないこと。

 三つめは、ステロイドをやめたアトピー性皮膚炎の患者さんのヒフでふえているのはリンパ球と好酸球で、顆粒球はほとんど観察されないということ。

 四つめは、「このような酸化コレステロール皮膚炎を鎮めるために、前よりもさらに多量の外用薬を使用しなければならなくなる」ということが、日本皮膚科学会が出している治療ガイドラインと、まったく逆だということ。治療ガイドラインにそった治療をすると、ステロイド外用薬の使用量は少しずつ減って、ランクの弱いものとなるだけでなく、ぬる場所も少なくなるのが普通である。また、安保氏は論文で、「ステロイドの外用剤なしに炎症をコントロールできなくなっている人は、さらにステロイドの増量を強いられ、最後には命に関わる」と述べているが、ステロイド外用剤をつかっていて死に至った例は、これまで国の内外を問わず、一例もない。

 さらに安保氏は、新潟県新発田市二王子温泉病院の外科医である福田稔氏の針治療による89名の「ステロイド離脱療法」の結果を紹介し、その治療をすすめている。しかし、この療法による健康被害がすでに同地域の皮膚科医から三例、報告されており(接触皮膚炎と感染が1例、全身の重症化したとびひと低タンパク血症が1例、紅皮症と重症のとびひ1例)、感染への配慮が不十分な、危険な治療とおもわれる。また、福田氏の療法がいいというデータは白血球数のパターンが変化したというだけで、具体的な症状がどう改善したのか、その割合などは全く書かれていない。

 いくら医師免許をもっていても、臨床経験の少ない基礎免疫学者の診療は危険である。安保氏は、ある裁判の意見書(2001年11月)で「ここ三年間で二千例ほどのアトピー性皮膚炎患者をステロイドから離脱させた」と述べている。この人たちを、いったいどこの施設で診療したのだろうか。
 アトピー性皮膚炎で「リバウンド」といわれている多くは、治療を途中でやめたり、中止後の不適切な治療が原因で、症状が急に悪化したもので、そのあと皮膚が乾燥し、肥厚した状態になったのを「アトピーが改善した」とおもいこんでいるにすぎない。金沢大学皮膚科に入院する患者さんの約3分の1は、このような「ステロイド離脱」が治療の目的だと信じ込んだ結果、社会生活を営むことができなくなった人たちで、適切なステロイド外用薬の治療で、例外なく社会復帰ができている。

 最後に皮膚科領域ではないが、膠原病について、一言いいたい。かつて五年生存率50パーセントといわれていた全身性エリテマトーデスは、ステロイドの内服などで、いまや十年生存率95パーセントとなっている。「死に至る難病」が「コントロール可能な慢性疾患」になったわけだが、安保氏は、膠原病でもステロイドを全面否定している。もし、患者さんがこの本を読み、ステロイドを拒否して亡くなったとしたら、その家族にはどう説明するのだろうか。



新潟大学皮膚科教授
伊藤 雅章

 安保先生とは同じ大学ですから、日常、顔を合わせることもけっこうあります。しかし、そういうときに安保先生からアトピー性皮膚炎の診療の話や、この本に書いている説のお話を聞いたことはまったくありません。

 また、アトピー性皮膚炎の患者さんに対して、私たち新潟大学皮膚科では、日本皮膚科学会治療ガイドラインに沿った、ステロイド外用薬を中心とする標準治療をきちんとやっており、とくに問題はおきておりませんし、もちろん、安保先生が当大学で診療することもありません。




 

さて、この説の真偽をあなたはどう判断しますか


まずはじめに、私は
「基礎」の先生が「臨床」の常識に深くつっこんで反論しているのに違和感を覚えました。

医師免許を取得した時、多くは「臨床医」になり患者さんを診察する医者になるのですが、なかには「基礎研究者」となり研究をメインに活動される方もいらっしゃいます。代表的なのが、ノーベル賞受賞者の山中先生です。
「基礎」に進路を進めた先生は、患者さんを診察することは基本的にしません。中にはアルバイトで患者さんを診察する場合があるかもしれませんが、その程度しか「臨床」に触れる機会はないはずです(「基礎」の先生がアルバイトの時だけ診療するというのも危険なことに思えます。本来なら何年も研修を積んで一人前の医者になるのですから)。

安保先生がどれくらい患者さんを診察する機会があったのか知りませんが、基礎の先生ですから、診療経験は少ないはずです。にも関わらず、患者さんの治療方針に対して常識とは真っ向反対の意見を、一般書籍として販売しているのは違和感をもたざるをえません



そして二つめに、
治療の根拠のメインが基礎実験に過ぎない点が危険だと思います。

現代の治療法は、実際の人間での治療効果を検証した根拠に基づいて標準治療が確立されています根拠に基づいた治療「EBM」といいます。一方、試験管内で起きた結果や(専門用語では「in vitro」といいます)、マウスやラットの動物実験の結果をもとに治療をすることは非常に危険です。
実際の人間では、複雑なシステムが働いており、
試験管内の研究結果は、その一部を取り出して観察しているにすぎないからです。そして、マウスなどの動物実験では、いくらマウスが人に近いとはいえ、違いも多くあるので、その結果をそのまま人間に当てはめて考えるのは危険です(特に免疫系統は違いがあります)。
実際に、理論上は効果があると思われて、長年行われていた治療法が、逆に寿命を縮めていたという事例もあります。
こういったことは「臨床医」にとって常識です



そして最後に、
酸化コレステロールが皮膚に沈着するという証拠がない、という根本的な問題です。
あまりにも根本的なことが抜けています。





今でも安保先生はたくさんの著書を書かれていますが、いずれも臨床医として疑問を持たざるをえない内容になっています。
信じた患者さんが結果的に不利益をこおむっても、正式な「診療」ではないので、
書籍の内容を信じた患者さんの「自己責任」になってしまうのでしょうか?
臨床医としては、この手の一般書籍に憤りを感じてしまいます(安保先生の書籍以外もたくさんあります。特にアトピー関連は多いのでは!?)。



この記事の最後に、上記の安保先生の説に対して、日本皮膚科学会の
アトピー性皮膚炎治療問題委員会が、潟大学医学部長宛の質問状送付を行い、同医学部が安保理論を支持しない由の回答を得ていることを付けたしておきます(日皮会誌: 114(8), 391-1397, 2004)。