こちらは、作品の雰囲気を紹介するための、全体公開の試し読み記事です。
試し読みですが、書き下ろしです。
創作本編に挟まない方向で行くことになりました。既にアメンバー登録して頂いている皆様にも、少しでも楽しんで頂けますように。
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閉じた瞼に、うっすらと陽の光を感じる。
明け六つの鐘はとうに鳴った。
五つの鐘が鳴る前までに起きなければいけないのに、酷い倦怠感で身体が動かない。
頬を嬲(なぶ)る十二月の冷気のせいで、布団との爛れた関係を清算することも出来ない。
鈍った頭をすっきりさせようと息を深く吸い込めば、鼻腔を満たすのは清冽な侍従の香りで。
ああ、昨晩ずっと秋斉さんの部屋で飲んでいたからか、とぼんやり思う。
しかし、不意に至近で衣擦れの気配がする。
反射的に目を開けると、布団の脇に正座をし、私を心配そうに見下ろす秋斉さんの姿があった。
「済みません、おはようございますっ・・・・・・」
がばっと上体を起こそうとして、首元まで掛かった掛け布団が崩れると、剥き出しの肩がひやりとして。
私は慌てて掛け布団ごと胸元を押さえ、ぎょっとした秋斉さんは、正座のまま器用にくるりと真後ろを向いた。
「・・・・・・お早う、どないして裸なん!?」
「いや・・・・・・その、久々に思い切り飲んで、暑くなったんで・・・・・・」
適当な理由を挙げて、ごにょごにょと口篭る。
酔うと脱ぐ癖がある訳ではないと思うのだけれど、元いた時代では真っ裸で寝るのが常だったので、気分が良くなって何となくその習慣が出たのかもしれない。
「幾ら呼んでも返事があらへんし、気になって勝手に入ってしもたんやけど」
秋斉さんは小さく咳払いをし、顔を僅かにこちら側に傾げて。
「酔うた勢いで間夫連れ込んだりしてへんやろな」
ほんの少し怒気を滲ませ、鋭い口調で言い放つ。
「間夫!?」
私は驚いて、布団の中で皺くちゃになっているであろう襦袢を探す手を止めた。
「秋斉さんの隣の部屋なのに、そんなこと出来る訳ないじゃないですか!」
「昨晩はわても泥のように眠ってしもたさかい、そんなん分かれへん」
なぜか拗ねたような言い回しの秋斉さんに、先に「間夫なんていません」と答えるべきだったと小さく後悔する。
そう、土方さんとだって、まだ何も無い。
近藤さん一人を局長とする現在の新撰組の体制が出来上がってから、多忙な彼とは話どころか、ろくに顔を見ることも出来ないでいた。
「・・・・・・ええどすか、あんさんは確かに土方はんの預かりやし、遊女でもあらへんけどな」
私の心の内を察してか、秋斉さんの声色がいつもの優しげな彼のものに戻り、ほっとしたまでは良かったものの。
次の彼の言葉が、私の胸をどきりとさせた。
「ここ藍屋にいる間は藍屋の、わてのもんやと思うとります。勝手に逢引やら、せんように」
内容が脳味噌に溶け込むまでに、時間が掛かる。
「・・・・・・はい」
「何や、不満でっしゃろか」
「いえ、あの・・・・・・誰かと会う時は秋斉さんに報告してますし、これからもそうします。ただ、自分が秋斉さんのものっていう自覚が無かったので、びっくりして」
私がそう言うと、秋斉さんはこちらが見えないぎりぎりの角度まで顔を向ける。
彼の視線は確かに畳に縫い止められているのに、何だか間接的に見つめられているような気がして、私は胸元の布団をより強く両手で抱きしめる。
「艶っぽい意味やおへんけど」
「そ、そうですよね、何かあったかと思って、一瞬勘違いしちゃった」
気まずい雰囲気を払拭しようとして、笑いながらこぼした台詞だった。
されど、それが彼の中の何かを刺激したらしく。
秋斉さんは、一瞬の躊躇いも無く、身体ごとこちらに向き直った。
私はようやく足の裏で丸まった襦袢を見つけたところで。
予想だにしなかった彼の行動に息を飲み、急いで布団の中に手を引っ込めようと思ったのだけれど、それが成功することは無かった。
彼の右手が、しっかりと私の左手を捕らえていたからだ。
「あの、済みませんっまだ、着替えて」
「楼主と遊女の恋は御法度や。せやけど、何遍も言うように」
遮るように呟いた秋斉さんが、塞がっていないほうの手で私の肩をとん、と押した。
「あんさんは遊女やあらしまへん」
後方に傾いだ私の背中と敷布団の間に、彼の腕が素早く滑り込み、そのまま押し倒されるような形になる。
「わてかて、男どす。『何か』はいつでも起こせます」
そう告げた秋斉さんの瞳は熱っぽく潤んでいて、私は初めて見る彼の雄の表情(かお)に、速まる鼓動を抑えることが出来なかった。
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