2012覚書

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8月13日(高温期9日目) 36.59度。中国製妊娠検査薬、目を必死にこらすと蒸発線のようなものが出てる。排卵後からずっと乳首痛、胸張りは続いている。

8月14日(高温期10日目) 36.69度。中国妊検、昨日と同じ位の蒸発線。だるい。眠い。胸張り有。

8月15日(高温期11日目) 36.64度。中国妊検、蒸発線に色が付きかけたような気がする。クリアブルー、薄く反応、最終的に髪の毛のような細いブルーの線。だるい。眠い。下腹部痛。胸張り有。

8月16日(高温期12日目) 36.73度。中国妊検、一時間後、目で認識出来るギリギリのピンクの線。この前の化学的流産の時より、色が認識できる。昼、具合が悪い。眠い。下腹部痛。胸張り有。

8月17日(高温期13日目) 36.65度。中国妊検、線の出始めは昨日より早い。終了の色は一緒位薄い。朝調子良い。成長止まった? 胸張り有。

8月18日(高温期14日目)36.72度(眠れない3時間睡眠)。生理予定日。中国妊検、色が昨日より少しだけ濃くなる(遠目で見て認識できる位)。ただ、薄いことは薄い。これは胎嚢確認できた妊娠の時の高温期11日目の色。3日間の遅れ。どうしてもネガティブな想像しかできない。体調、悪くない。

8月19日(高温期15日目) 36.81度。中国妊検、昨日より濃くなる。終了線の半分位の濃さ。はっきりと分かる線になった。クリアブルー、終了線より薄いけど、ある程度はっきりと出てる。最終的に左側だけ濃いブルーに(右側は薄い)。複雑な心境。このまま濃くなり続ければ、稽留流産か、出産か、二者選択しかないような気がしてくる。私は進行流産になりにくい体質。何だかボーッとして何のやる気もしない。下腹部痛。胸張り有。

8月20日(高温期16日目) 36.73度。中国妊検、昨日と大体同じ位の濃さ(若干濃いめ)。この日も夜までボーッとしている。妊娠が駄目になるとか、大丈夫だとか、そんな心配も出来ないほどかったるい。夕方には、こみ上げる吐き気。これはまさしくツワリ症状。もしかしてこの妊娠継続の可能性あり?なんて夜まで思ってた。夜、夕飯食べて、ケーキとアイスミルクティを飲んだら、寒くなって、しばらく横になっていたら一気にそれまでの具合の悪さがなくなった。モヤがかかった頭が冴え始め、色々心配になってきた。下腹部痛。胸張り有。

8月21日(高温期17日目) 36.62度。やっぱり下がった。無理やり口を閉じたがこれ以上上がらなかった。一時的な体温の下降はあると信じて妊検したら、昨日より薄くなっていた。体調も低温期のように元気この上ない。胸張りはまだ続いているが、下腹部痛は、生理がくる前兆(子宮が収縮する感じ)に変わった。ああ、本当に終わった。

8月22日(高温期18日目)36.71度。昨日、もう駄目だと思ってお酒飲んじゃったからね~。焼酎系4杯も。普通、この位飲むと高温期は36.80度以上になるんだが、基本体温はこれより低いってことね。中国妊検は、一昨日と同じ濃さ。昨日よりは若干濃い目。あくまで濃くはならないが、すぐに薄くもならない模様。体調は普通に良い。胸張りは続いている。時折、左卵巣の辺りが痛い。

8月23日(高温期19日目) 36.69度。中国妊検、昨日と同じ濃さ。相変わらず、濃くも薄くもならない検査薬。午後、クリアブルーで確かめてみる。高温期15日目とまるっきりおんなじ薄さ。そりゃそうだ、中国製もまるっきり同じなんだから。これはもう本当にダメだ。hcgホルモン、二日で二倍になるとして、四倍になってなきゃいけないもんね。あー、何度同じことを繰り返すんだろう。ただただ手術にならないことを祈るだけ。下腹部痛ほとんどなし。胸張り有。夜、うつのような精神状態になる。ホルモンバランスおかしいんだね、きっと。

8月24日(高温期20日目)36.85度(睡眠不足)。中国妊検、昨日より少しだけ濃くなる。夜、具合が悪い。胸張り有。

8月25日(高温期21日目)36.78度。朝方、尋常じゃない寒気。中国妊検、昨日より少し薄い。たまに子宮が収縮するような痛み。黄色いおりもの有。夜、生理が来る前の血のニオイがする。具合もほとんど正常に戻ったし、やっとくるかと感慨深い。

8月26日(高温期22日目)睡眠不足で体温なし。中国妊検、昨日と同じ。検査薬は、高温期15日目から22日目までの一週間、ずっと同じ濃さ(薄さ)だった。判定線の半分の色がずっと続いている。どうもその時の尿の濃さによって若干の変化があるだけで、毎回同じ量のホルモンを出している気がする。つまり成長が止まり、でもそこに留まっている状態。もう、検査薬はやめようと思った。

8月27日(高温期23日目)36.68度。中国妊検、しない。明日までに生理が来なければ、病院行こうかな、と思い始める。子宮外妊娠の疑い、多分検査薬が薄すぎるのでないけど、万が一のこともあるので。胸張り有。

8月28日(高温期24日目)36.66度。中国妊検、もう一度やってみるが、相変わらず同じ。昼、ピンクのおりもの、そして多めの茶おり。明らかに生理一日前の様子。本格的な生理になるのは明日か、明後日だな。満月ももうすぐ。病院に行くのはちょっとだけ待ってみようと思う。

8月29日(高温期25日・低温期1日目)36.66度。朝起きたら多量出血していた。
以下グロ注意↓グロ注意↓グロ注意↓
ナプキンをつけていたので、出血の中に白い膜のようなものがあるのが分かった。
水で洗ってみると明らかに術後に医師に見せてもらったものと同じもの。胎嚢が崩れたものだと思った。思ったより大きかった(中心部5㎜位、その他、膜が千切れているものが紐のようになっていて全体的には2㎝位)。

8月30日(低温期2日目)この日、体温が下がりホッとする(子宮外妊娠の恐れなし)。

8月31日(低温期3日目)低温期1日だけ多量出血だったが、ほとんど出血が無くなった。

9月1日(低温期4日目)中国製妊娠検査薬、陰性。残留物がないと判断。ホッとする。

以上、1012年8月、47歳の出来事。これが最後のような気がするけど、忘れないように記録しておきます。
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引き戻される心

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46歳で出産出来る最後の周期。
計算すると、この周期に妊娠出来たら、出産予定日は私の誕生日の前日。
ほんとにほんとに最後の周期。
私の心は、とてもとてもさっぱりとしていた。
これを過ぎたらきっともう吹っ切れるだろうという予感があった。
ブログは、そのまま残して、皆にお別れの言葉を言って、新しい人生を踏み出すつもりだった。
何しろ、前回の妊娠から1年8ヶ月経ち、毎周期頑張ってきたけど化学的流産のひとつもなかったし、奇跡を起こせる卵はきっと残ってなんかいないんだろうと確信に近い気持ちでいたから。

でも、そんな最後の最後にやってくる。
化学的流産。
それもごくごく軽いもの。

高温期9日目、中国製妊娠検査薬は真っ白。
しかし翌日、高温期10日目に私にしか見えないような微かな線が見えた。
多分、蒸発線か不良品の確立が高いだろうとその時は思った。
すると、高温期11日目も同じような線が出ている。
HCGが出ているのかそうじゃないのか、一番判断できるのは日本製のクリアブルー。
色が少しでも出れば、着床している。
ブルーの色が、薄いながら出た。
ああ、着床はしたんだと思った。
でも、それと同時にこの妊娠がうまくいかないことも私は経験上分かっていた。
高温期11日目にはあり得ない薄さ。
案の定、高温期12日目でも、同じように薄い線。
そして、高温期13日目の今日、3日前とまるっきり変わらない薄さの微かな線がまだ出ている。
体温は36.70度、胸が張って乳首が痛い。
生理痛のような下腹部痛がたまに襲ってくるが、すぐに治る。
明日が生理予定日だけど、もしかしたら、生理は一、二日遅れるかもしれない。

この化学的流産(まだ生理が来てないので化学的妊娠?)が、何を意味するのか。
私は、こんな歳でも受精して着床まで頑張ってくれた卵のことを思う。
もう少し頑張れと私に言っているのか。
それとも、最後に頑張ったけれど、これが限界なんだから、もう諦めてくれと言っているのか。
いや、意味なんてないのかもしれない。
自然の流れの中で、ただ種から芽が出て、弱いから死んで行く、それだけのことかもしれない。

たったひとつ分かっているのは、どっちにしても出産には行きつかない卵であったということ。
私は、46歳中に出産出来なかったということ。
でも。
でも。
私の心は引き戻される。
もう少し頑張ってもいいのかもしれないと思えてくる。
結果的にどうせ出来ないかもしれないのに、結論を引き延ばそうとしている。
私は逃げているのか。
現実から目をそらしているのか。
分からなくなっている。

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近況

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思いっきりネガティブな前の記事が、ブログの始めに出てくるのが気恥ずかしくて、書くことが何もないのだけど更新してみます。
今の心境もちょっと残してみたかったというのもあって。

自分の中でリミットとなる秋がやってきました。
今日は、高温期の11日目。
今周期は、高温期の体温が全体的に低く、案の定、妊娠検査薬のフライングも真っ白だったので、これで46歳中の出産は、次の一周期だけとなりました。
もう一年もう一年と引き延ばしてきたけど、やっぱりこの辺が限界だろうなーって、心の奥底が言ってる気がします。
世の中には、卵巣機能が平均より若くて、同じ歳でも出産に至る卵が残っている人もいると思う。
奇跡の卵が、奇跡的に卵管を通って、奇跡的な着床をとげ、出産する人もいると思う。
でも奇跡は、本当にまれであるから奇跡であって、多くの人に起こっちゃったら奇跡でもなんでもない。
だから、星の数ほどいる人の中で、そのほんの一握りの中に、私が入るとはどうしても思えない。
そして、そう思ってしまった時点で、もう駄目だとも思ってる。

でも、それでもいいな。
その人生が私に与えられた人生なら、それを生きていかないとしょうがないとも思ってる。
相方に、子供がいる人生を味わわせてあげられないこと、それだけはちょっと悔やまれるけど、どうにもならないものはどうにもならない、こうなったら子供がいない人生を味わっていくしかない。
もし彼がそれに付き合ってくれるなら、二人して楽しんでいこうと思ってる。

多分、思いっきりワガママな人生になるんだろうな、と思う。
自分が天下だと思う傍若無人な子供に右往左往することもなく、好きな旅行に好きな時に行って、夫婦喧嘩は子供の目を気にせずし放題、人生の手本になる必要性もないから、眠たい時に寝て、好きなお酒を好きなだけ飲んで、好き勝手に生きる。

私は、どこかで子供を育てたことがない人は精神的に未熟なような気がしてるんだけど、そんなような典型になりそう。
でも、それはそれで楽しそう。
子供が、事故に合うかもとか、誘拐されちゃうかもとか、そんな心配もないしね。

たぶん、逝ってしまった子供たちを思い出し、キュンとなる瞬間は度々あると思うけど、それはそれでいいな。
私の人生は一回きり。
他人と比較してもしょうがない。
たらればで考えてもしょうがない。
与えられた人生をただ楽しむのみ。

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願い

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昨日は七夕だった。
街を散歩していると、短冊で飾られた笹の葉が目について、自分も願い事を書いてみようかなどとは思うけれど、その元気がパワーが出てこない。
願掛けしたってどうせ叶いっこない。
叶う時は、何もしなくても叶うんだよね、きっと。
もっと自然に。もっと突然に。
諦めなのか、悟りなのか、いじけているのか、分からないけど、そんなようなことを考えながら結局何もしなかった。

多分、今、妊活を始めてから、一番危うい状態にいる。
今日、高温期10日目で、妊娠検査薬は真っ白だった。
今月の終わりに私は46歳になるから、45歳での妊娠は終わったわけだ。

私の中で、多分、もうこのままじゃいけないって思いがある。
私には、やりたい仕事があって、でもそれをずっと延ばし延ばしにしてきた。
妊活を理由に延ばしてきた。
赤ちゃんを授かることは、私のひとつの夢だったけれど、それを理由にもうひとつの夢をこれ以上引き延ばしてはいけない気がする。
不器用な私は、両立することが出来ない、そう思ってきたけれど、そんなのは言い訳で、私はもうひとつの夢だけを追いかけていくのが怖かったのかもしれない。
ひとつのものを追いかけて失敗するのが怖いから、ちょうど良い逃げ場になっていたのかもしれない。
だから、頚椎までおかしくなって、こんな体で出産が子育てが出来るわけないだろうと神様が引導を渡してくれたのかもしれない。

神様が言ってるような気がする。
あなたが行く道は、赤ちゃんを授かり、その子を育てて行く道じゃない、と。
あなたは、あなたのやるべきことがあるんだから、逃げずにそれをやっていきなさい、と。

危うい状態なのか、新しいスタートなのか分からない。
でも、もう少しだけ中途半端な気持ちのまま。
もう少しだけ、もうひとつの夢を見させて。

今年の秋で、このブログは閉じようと思います。
46歳で出産出来る可能性がある時まで約三ヶ月。
最後の最後にちょっとあがいて、そして新たなスタートを切りたいと思います。

流産後12周期~14周期の覚書

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流産後12周期から14周期までまったく更新していなかったので、覚えている限りのことをまとめておこうと思います。

流産後12周期目→29日周期(多分左排卵)
あまり記憶になし。
低温期、高温期に分かれるものの、高温期の前半は体温が低い。

流産後13周期目→27日周期(多分右排卵)
この周期から「命の母」を飲み始める(でも、通常一日12個のところ、一日3個だけ)。
福島県に旅行に行ったことにより、放射能汚染恐怖から抜け出せる。
排卵検査薬が陽性になってから、体温が上がるまでの時間が早い。
高温期はいつもよりきちんとしていた。

流産後14周期目→多分28日周期(多分左排卵)
排卵日検査薬が陽性になる前に体温が上がった!
昨日から茶オリが出始め、今日夕方にも生理になる予感。
計算すると、排卵日は体温が上がる前日ということに(排卵検査薬アテにならない? もしくは黄体機能不全?)。