話し合いが終わり、店主に言われた通り荷物を取りに店に戻る。
スタッフになんて言おうか考えながら、店の中に入ると同時に店主は現れ『イソダはもう辞めることになったから』と大きな声で言い、僕が何かを話す機会は与えられなかった。 
その空気を察し、みんなとは視線を合わせるのが精いっぱいだった。
残りの期間も働きたいとお願いしたが、反乱分子と判断した僕は、すぐにでも追い出したい存在になっていたようだ。

話し合いの最後に店主はこうも言っていた。
『おれを介して知り合ったラーメン業界の人とは一切連絡を取るな』

噂話でそういう言う話があるとは聞いた事あったが、まさか自分が言われる立場になるとは。

ユートピアでは本当に沢山の人と出会わせてもらい、自分の世界は広がった。
沢山の有名ラーメン店主さん達や、ラーメン評論家やフリークの面々、業者さんも。
そして何より一緒に働き、共に戦った兄弟子や弟弟子や同期、バイトスタッフ達とは言葉じゃ言い表せない濃密な時間を過ごし、色々な感情をぶつけ合った貴重な仲間との出会いもあった。

僕は店を出るなり、店主の言いつけを破り非番だった兄弟子の1人に電話をした。
前の話に出てくる、よく店主に怒られていた店長、スタッフのスタッフのほうだ。
 『辞める事になっちゃった、ごめんね』

電話越しの兄弟子はかなりびっくりした様子で、
『何があったの?大丈夫?どうしたの?』
そんな感じだったと思う。

震える声で続けた。
『連絡取るなって言われてるから電話しちゃダメなんだけど、とりあえず伝えたくて』

兄弟子は最後まで優しく、
『別に連絡したっていいじゃん、大丈夫だよ。落ち着いたらまた話そう』

1年先輩にあたる彼とはユートピアにいる間、1番と言っていいほど深く関わりあった。
先輩で歳上だけど、タメ語で話しても許してくれる器の大きな人。センスがあるというよりも、地道に続けてやる事が出来る努力家で、B'zとAKBが好きなおじさん。僕とは真逆な人間だけど、なんでも話せるお兄ちゃん的な存在だった。
この時もこんな感じで僕を支えてくれた。

他にも、今は全国で活躍している素晴らしい仲間や、いつも僕の心が折れそうになると笑顔で明るく支えてくれたスタッフ達とも、もう一緒に働く事がないと思うと涙は溢れてきた。

夜になると仕事が終わった仲間から連絡があり、飲みに連れ出してくれた。
僕とは連絡を取ってはいけないはずなのに、いつも通りに。本当に最高の仲間だった。

店主とは、僕が考え方に付いていけなくなり最後は残念な関係になってしまったが憎しみの感情は無く、感謝をしていたので、また違う形で話せる関係になりたいと勝手ながら思っていました。
ラーメン屋としての沢山の事を学べ、大きく成長させて頂いた。

そんな気持ちは今になったから言えるだけで、結局はまた逃げ出しただけのダメ人間でしかない。
この時の肩書は、無職でラーメン業界の人と連絡を取る事を許されてない婚約破棄をされ、自殺未遂すらもロクに出来なかった借金大王。
僕の人生の時間はまたもや止まってしまった。

前より状況は悪化していたが、不思議と悲観的になっていなかった。
仕事を辞めた次の日は新宿御苑の芝生に1日中寝っ転がってこれからの事を考えた。
地元に帰ってトラックの運転手か、それともビルの警備員になろうかな、いっそのこと沖縄に行って仕事探そうかなとか。

そして当たり前だけど出来なかった事、友人と遊んだり、アテもなく1人でブラブラしたり、好きなラーメンを食べ行ったりと、ひとまず目の前にある自由を楽しんだ。

そんな時たまたま仕事の休みが重なった仲の良い友人が、気分転換に沖縄へ行こうと言ってくれた。この友人とは10年以上前にバイト先のパチンコ屋で知り合った。毎日のように麻雀やパチンコを打ち、2人してお金が無くても一緒にいるだけで楽しかった。変わり者の僕の事を理解してくれるのもそうだが、全てにおいて波長が合う親友と呼べる貴重な存在だ。

今までも2人で旅行へ行ったりする事あったが、お互いに忙しくなり、なかなか会えてなかったので良い機会だった。
店主に言われた約束は守りつつ、沖縄で知り合った友人達と再会したり、美しい景色や美味しいご飯を満喫し、独身男2人旅に相応しい素晴らしい時間を過ごした。

帰りの飛行機で、その友人から
『これからどうすんの?』

正直なところ自分がどうするべきかわからなかった。とりあえず実家に戻って仕事探しかなってぼんやり思っていたくらいだったので、
『うーん、どうすっかねー』

なんて適当な相槌を打っていたら、
『家賃勿体無いし、ウチで一緒に住んでリスタートしなよ。絶対に成功出来る人なんだから、おれが将来仕事無くなった時の為に、一緒に働ける場所作っといてよ。ちょっとなら出資するよ、別に返さなくていいし、好きにやりなよ』

まさかの言葉だった。

全ての出会いは偶然だ。
偶然の出会いの中で、自分の味方になってくれる人は必ずいる。
ありがたい事に僕が出会う人達の多くは味方になってくれている。

天井が低い新宿のボロアパートから、友人が住む明大前の立派なマンションへすぐに引っ越す事になった。

止まっていた時間は動き出した。

第十話 完