初出 2014年4月1日



原作漫画を思い出していただくため、セリフをそのままお借りしているもの、また以前upした作品から転載している部分があります。ご了承くださいませ。
尚、「原作のラストに満足している、それ以外は受け入れられない」というお客様はご気分を害する恐れがあります。
お読みにならないよう、お願い申し上げますm(__)m






その日、ポニーの家はとても賑やかだった。
久しぶりに故郷(ふるさと)へ帰ってきたキャンディを出迎えたのは、懐かしいポニー先生とレイン先生に子供たち。
それに内緒で先回りしていたアーチー、アニー、パティ。

「君をビックリさせようと思って一足先に来たんだ」

すまし顔で言うアーチー。
すぐそばでアニーもパティも笑っている。

「ひどいわ。アードレー家にお別れの挨拶に行っても誰もいないんだもの。どうしたのかと思ったわ。アルバートさんまでいなかったわ」

そう言ってパティに飛びつくキャンディ。

「アルバートさんも一緒に来てるよ」

ウィンクするアーチーに、隣で微笑むアニー。

「もう~、みんなの意地悪!」

キャンディはしょげてみせた。

そんな彼女に、「さあさあ、これからささやかだけど、キャンディの歓迎会をやりましょ!」と、ポニー先生は温かく言ってくれた。

感極まり、もう少しで涙が頬を伝いそうになる。
こんなに幸せなのに、どうして泣けてくるんだろう・・・
キャンディはなんとなく恥ずかしくなって、咄嗟(とっさ)にこう言った。

「私、アルバートさんを探してきます」

思い出の丘、ふるさとの丘、むせかえるような草の香りで満たされた緑の丘を、キャンディは一気に駆けていく。

ニールと婚約させられそうになったことがきっかけで、初めて知った大おじ様の正体。
あのときは本当にびっくりした。
一生かかっても恩返しできない大切な人が、まさかすぐ近くにいたなんて!
しかもアンソニーの叔父さんだったなんて!

抱えきれない感謝の気持ちと胸苦しくなるような懐かしさに後ろ髪を引かれながら、キャンディは自分の力で「今」を生きることを選んだ。

ポニーの家に帰り、先生たちを手伝いながら看護婦として働く――それが養女にしてくれた大おじ様への一番の恩返しだと思ったから。



初夏の緑の中、無我夢中で丘のてっぺんを目指す。
みるみるうちにポニーの家が小さくなっていく。



ただいま、ポニーの丘 私のふるさと

一緒に来たいと言っていたアンソニーは、この丘に上らないまま逝ってしまった。
そして・・・冬の日、一人でこの丘にたたずんでいたテリィ。

この丘にはいろいろな思い出がしみ込んでいる。
私の子供の頃からの涙も笑いも。



するとそのとき、真後ろから男の人の声が聞こえた。

「おチビちゃん、笑った顔のほうがかわいいよ」

聞きなれた、いつもの優しくて温かい声。
心の奥にすーっとしみとおっていく、穏やかで柔らかい声。
ずっと前から知っていた声なのに、キャンディにはなぜかそのとき、その声が「運命」みたいに思えた。
そんなふうに聞こえた。

そおっと振り返ってみる。

やっぱりだわ!

思ったとおりの人が、そこに微笑んで立っていてくれた。


アルバートさん!!

優しい声。
金色の髪。
青い瞳。

丘の上の王子様――!


キルト姿の少年の面影が、目の前で微笑むアルバートの姿にぴったり重なる。


アルバートさん
ウィリアム大おじ様
そして、そして・・・丘の上の王子様!

迷わず息を弾ませ駆け寄っていく。
広げられた大きくてたくましい腕の中へ。



「全くもう、アルバートさんったら!どこまで私をだませば気が済むの?」

温かな胸の中でキャンディは頬を膨らませた。
その実、照れ隠しだったのかもしれない。

「ごめんごめん。だますつもりはなかったんだよ。本当を言うとね、いつか僕の正体に気づいてくれるのを待ってたのかもしれない。だけど無理だったみたいだね」

アルバートはからかうような顔でウィンクして見せた。

「無理に決まってるでしょ!大おじ様とアルバートさんが同一人物だなんて、考えてみたこともないわ」
「そうじゃない。丘の上の王子様の正体さ」
「それだって無理よ。何年経ったと思う?あの日の少年と今のアルバートさんじゃ・・・」

そこまで言ってキャンディは口をつぐんだ。
心なしか顔が赤らんでくる。

「今の僕はそんなおじさんになっちゃったかなぁ」

困り顔で頭を掻くアルバートに、「そうじゃなくて・・・!」とキャンディは反論した。


――そうじゃないの。あの日の少年より今のあなたのほうが、ずっとずっと素敵よ――



「とにかくごめん。黙ってたことは謝るよ。だから機嫌直してくれる?」

なんとか取りつくろおうと必死に拝み倒したら、キャンディはコクリとうなずいた。

「まさかこれ以上隠してることないでしょうね?大おじ様の正体。丘の上の王子様の正体――二回もかつがれたのよ。もし三度目の正直があったら、今度こそ許してあげないから!」

クギを刺された途端、アルバートはギクリとした。

「実を言うとね、もう一つだけ隠してることがあるんだ。でもこれが最後さ。約束する」


まさかそんな答えが返ってくるとは思いもしなかったから、「ええっ!?」と言ったきり、キャンディはしばらく口がきけなかった。



「なんなの?その隠し事って」

やっと冷静さを取り戻したあとは、火がついたようにアルバートを責めたてる。
だが「大おじ様」だって負けてはいない。
「明日になったら教えてあげるよ」と微笑むだけ。

そのあとポニーの家で開かれた盛大な welcome home party の最中も、「最後の隠し事」が頭から離れず、キャンディは半分以上「心ここにあらず」だった。
温かく祝ってくれた先生たちやアニーやパティに申し訳なくて仕方ない。

その一方で、アルバートとアーチーがしたり顔で目配せし合っていたのが気になった。
アーチーはなぜか一人だけ先に引き上げてしまったし。
なんだか怪しい・・・。


隠し事ってなんなのかしら。
もしかしてアルバートさん・・・結婚するとか?
だとしたら相手は誰?
まさか私にプロポーズって・・・そんなわけないわよね。


おこがましい妄想に取りつかれた自分がおかしくなり、キャンディはブルブル頭を振った。

そして翌朝。

「さあ!今日こそは秘密を教えてもらいますからね」

朝食が済んだあと、エプロンを外しながらキャンディは意気揚々とアルバートの前に立った。
エメラルドの瞳が好奇心でキラキラしている。

そのきらめきを確認して、もう逃げられないと覚悟したのか、きっぱりした口調でアルバートは言う。

「わかってるよ。約束したことは必ず守る。ウィリアム・アルバート・アードレーの名に懸けて」

瞬間、金色の髪が窓から差し込む朝の光に反射した。
深く青い瞳が凛々(りり)しい。見つめていると吸い込まれてしまいそうだ。
なぜかまぶしくて、キャンディは思わず目をそらした。

「これからポニーの丘に行ってみよう。行けば秘密がなんなのかすぐにわかるよ」

いつになく真面目で低いトーンの声が静かな空間に響き渡る。

「ホントに?一体何かしら」

身構えるキャンディをからかうように、「知るのが怖くなったかい?」とアルバート。

「いいえ!そんなことないわ。行きましょう」




深呼吸を一つして、キャンディは胸を張る。
アニーとパティはまだキッチンで立ち働いている。
にぎやかなおしゃべりが、ここにまで聞こえてくる。
アーチーは今になっても顔を出さない。
昨日のパーティーのあと雲隠れして以来、ずっと消えたままだ。
アニーを放っておいてどういうつもりなんだろう――キャンディは少しばかり憤慨した。




五月の太陽が明るい日差しを伸ばす道を、丘の上に向かって一歩一歩のぼっていく。
隣を行くアルバートは、なぜか一言も口をきかない。
いつもの優しい微笑みもすっかり影を潜めている。
怖いくらい真面目顔の彼を見るのは久しぶりだ。

(アルバートさんがこんなに緊張してるなんて。丘の上で待ってるのは誰なのかしら?もしかして内緒で付き合ってたフィアンセを紹介してくれるとか・・・だとしたらショックだけど)

昨日からやけにアルバートの結婚話を気にしている自分がちょっと不思議だった。

――もしかして私、アルバートさんのこと、意識してる?――

そう思った途端、頬が焼けるように熱くなり、胸に激しい動悸を感じた。


「さあ着いたよ」

いつもの声が聞こえて我に返る。

「ええ・・・」

夢の中を漂っているかのような養女を見て、「もしかして緊張してる?」と気遣うアルバート。

「平気よ。久々に丘をのぼったから、ちょっと疲れたのかも」
「ならいいんだけど」

そう言いながら彼は丘の上にそびえたつ大きな木を指差した。

「あそこに君を待ってる人がいる。だからここから先は一人で行くこと!」

視線の先には懐かしいお父さんの木。

「アルバートさん、ついてきてくれないの?」

不安げな顔で見上げると、青い瞳は静かにほほ笑んだ。

「僕は行かないほうがいいと思う」

ますます不安になる。

誰なんだろう。私を待ってるのって。もしかして・・・

そう思ったのと同時に、アルバートが教えてくれた雑誌の記事のことが脳裏に浮かんだ。

――ストラスフォードに戻って一から出直すって書いてあったよ――


まさか・・・まさか・・・テリィ?
でもあなたはスザナのところに帰ったんでしょ?
ここに来るはずないわよね。
でも、もし本当に来てくれたとしたら、私・・・離れられないかもしれない。
どうしよう。
どうしよう。


キャンディはゴクリとつばを飲み込むと震える足を踏み出した。
一歩、二歩、三歩、四歩、五歩・・・
歩を進めるごとにお父さんの木が近づいてくる。

何歩目かを踏み出したとき、木の陰からひょっこり顔を出したのは――アーチー!

「え?なんで?」

あまりに当たり前の人物が登場したから拍子抜けしてしまう。

「どうしてあなたがここに?昨日急に消えたのはこのためだったの?まさか、あれからずっとここに隠れてたわけじゃないわよね」

小悪魔のような顔つきで、少々皮肉を込めるキャンディ。

「それはごあいさつだな~」

アーチーも負けてはいない。

「これでも大切な役目を仰せつかったんだけどねぇ。君に引き合わせるために車を飛ばして『彼』を迎えに行ってとんぼ返りしたんだぜ。お礼を言ってほしいところだよ」

得意げに鼻を鳴らすと、アーチーは木の裏側に向かって呼びかける。

「おい、出番だぞ」

その声に応えるように、反対側から現れた人物は親しげに言葉を返した。

「いろいろ感謝してるよ、アーチー」


それは聞き覚えのある声。胸をくすぐる懐かしい声。ずっとずっと昔に聞いた甘い音色。
まぶしい光の中に立つ姿がはっきり見えたとき、キャンディは思わず息をのんだ。

「アルバートさん?」

驚いた声が響き渡る。
案の定の反応を確認したアーチーはふっと笑い、相棒にウィンクしながらその場を離れた。
心の中でエールを送りながら。


――賽(さい)は投げられたんだ。あとはしっかりやれよ――



キャンディはわけがわからない。
今さっきアルバートはポニーの家に帰ったはずなのに。
「ここから先は一人で行くこと」なんて言いながら。
いつの間に木の裏側に回る早業(はやわざ)を?
なんでも器用にこなすアルバートならやってやれないことはないかもしれないが、それにしてもすごすぎるし、何のためにこんな手の込んだことを?
狐につままれたような顔で「アルバート」を凝視したが、よく見るうちに妙なことに気がついた。

先ずは着ている服がさっきと違う。
目の前の青年は白いコットンシャツの腕をめくり上げ、ネイビーのジーンズというラフなスタイル。
上質のビジネスカジュアルだったアルバートより、かなり若く見える。
顔のつくりはそっくりなのに――だ。

髪質も少し違う。
くせ毛がかったサンディブロンドのアルバートに比べ、この男はより直毛の透き通った金髪。
体つきもほっそりしていて、まだ少年の頼りなさを残している。
限りなくアルバートに似ているのに、絶対アルバートではない。
キャンディの心臓はいよいよ高まり、自分では抑えられない大合唱を始めた。

「あの・・・あなたは?」

震える声をやっと絞り出すと青年はにっこりほほ笑んだ。
その瞳はアルバートと同じ深い深いブルー。

「ハロー、キャンディ」

懐かしい声。懐かしいセリフ。
遠い昔、あの人は私を見ると、いつもそう言って笑いかけてくれた。
でも、でも、まさかそんなことが・・・!

胸のときめきが最高潮に達する。

「ごめん、びっくりさせちゃって。いるはずのない人間が目の前に立ってるって、どんな気分?」

いたずらっ子のような目をして「彼」は一歩一歩近づいてきた。
そして右手に持っているバラをキャンディの前に差し出す。

「これ、覚えてる?」

金縛りにあったように、キャンディはそれきり動けなくなった。

忘れるはずのない花。
真っ白で真ん中だけうっすらグリーンの思い出のバラ。
自分のために作ってくれた彼自身が、目の前にいるという驚き。

やっと聞き取れるくらいの小さな声でキャンディは答えた。


「スイートキャンディ」


途端、青年の顔が太陽のように輝く。

「良かった!覚えててくれたんだね。じゃあ、そのバラを作った少年の名前は?」
「アンソニー・・・アンソニーよ」

そこまで言って、もう耐えられなくなった。
今にも抱きつきそうなほど近くまで、キャンディは無意識のうちに距離を縮める。

「ねえ、アンソニーなの?あなたはアンソニーなの?そうなんでしょ?」

もう何が何だかわからない。
驚きと嬉しさと懐かしさがないまぜになって、エメラルドの瞳はたちまち潤む。
青年が満足げにうなずく姿がかろうじて目に映ると、それきり世界は大きくゆがんだ。

「オバケなんかじゃないよ。ほら、ちゃんと足が二本あるだろう?」

軽口が飛び出すとキャンディは頬を膨らませた。

「もう!アンソニーったら」

頬を伝って滑り落ちる涙をぬぐいながら。

「泣かないで、ベイビー。君は笑った顔のほうがかわいいよ」


あの日と同じセリフ。あの日と同じ季節。あの日と同じ・・・いや、少しだけ大人になった二人。


時が還っていく。

アンソニーと初めて会ったレイクウッドのバラの門へ。


「だって私、嬉しくて嬉しくて。もう二度と会えないと思ってたから。今までどこにいたの?なぜ生きてるって教えてくれなかったの?」
「ごめん、いろいろ事情があったんだ。そりゃあ僕だってどんなにか君の前に出ていきたかったかしれない。でも大おば様が・・・」

黒雲がサファイアの瞳を覆い始める。

「言わなくてもわかるわ。大体のことは」
「でも大おば様も少しずつ変わってきたらしいね。それにウィリアム大おじ様が正体を現してアードレー家も代替わりしたし」
「だからお許しが出たの?私に会うこと」
「うん、すべてはウィリアム大おじ・・・いや、アルバートさんのおかげなんだ」

そう言うと、アンソニーは雲一つない青空を見上げ、大きく息を吸い込んだ。

「あの人がキャンディの王子様だったんだよ。もう知ってるだろうけど」

急に顔をのぞき込まれ、戸惑い気味に「ええ」と答える。

「昨日知ったばかりなの。ホントにびっくりしたわ。まさかアルバートさんが大おじ様で、それに王子様でもあったなんて。アンソニーは気づいてたの?」
「なんとなく。君がアードレー家の養女になったあとにね。確信したのはきつね狩りの頃だったな。王子様が誰か教えてあげようと思った矢先、落馬しちゃったけど」

アンソニーはうつむき加減で、消え入るように静かに笑った。

「もし僕が落馬しなかったら、きつね狩りの日に君は王子様の正体を知っただろう。そしたら・・・どうなってたかな」

少しだけ顔を上げると、まるで哀願するような瞳でアンソニーはキャンディを見た。
その寂しげな姿に、胸の奥がきゅんと締めつけられた。





ポニーの家の前に並んで立っているアルバートとアーチーは、はるかかなたの丘の上で語り合う二人の様子を眺めていた。

「いろいろ手間をかけたな、アーチー。君のおかげで今日という日を実現できたようなもんだよ」
「何言ってるんですか!すべてアルバートさんの指示でしょ。僕はただ、シカゴの本宅で待機してるアンソニーを迎えに行っただけです」

茶化しながらアーチーがウィンクする。

「それにしてもわからないなぁ。二人を再会させるなら、バラの門のほうが良かったんじゃないですか。なんでわざわざあいつをポニーの丘へ?」
「さあどうしてだろう。僕にもわからない。強いて言うなら、アンソニーはきっとキャンディのふるさとが見たいだろうと思った・・・からかな」
「そりゃそうでしょう。さすがはアルバートさん!万事行き届いてます」

半ば冷やかし顔で肩をすぼめると、アーチーはドアを開けて一足先にポニーの家へ入っていく。
アルバートも続こうとするが、入り際、もう一度振り返って丘の上の二人を見た。

――アンソニーもあの日の僕と同じようにポニーの丘に立ったか・・・。君にとって、どちらが本当の王子様なんだろう。なあ、キャンディ?――





「王子様のことがわかって良かったね。君の大切な初恋の人だから」

穏やかな声でアンソニーが言うとキャンディはそっと首を振った。

「ううん、初恋はね、王子様じゃないの。もっと大人になってから出会った人」
「ふーん、じゃあ誰なんだい?」

試すような目つきでアンソニーがのぞき込むと、キャンディの頬はみるみる赤く染まっていく。

「誰でもいいの!意地悪するとお返しに質問攻めにするわよ」
「やれやれ、手ごわいレディーだな。ひとつお手柔らかに頼むよ」

返り討ちを食らってはいけないと身構えるアンソニー。

「じゃあ初めの質問よ。あなたは今どこに住んでて何をしてるの?私はね、看護婦をしてるの」
「知ってる。それはさっきアーチーに聞いたよ。僕は東海岸で医学の勉強をしてるんだ」

「え!?」

それも嬉しい驚きだった。
アンソニーが自分と同じ道を歩いている。そう考えただけで、二人の何かが重なった気がしたから。

「じゃあ、ゆくゆくはお医者様になるのね?」
「うん。何年かかるかわからないけど」
「アンソニーなら大丈夫よ。きっと患者さんに大人気の素晴らしいドクターになるわ」
「ありがとう。キャンディにそう言ってもらえると本当になるような気がするから不思議だね」

澄んだブルーの瞳に見つめられ、胸の鼓動がどんどん高まっていく。

「これからもずっと東海岸で勉強するの?」
「多分ね。卒業するまではあっちで頑張ろうと思ってる。ところで君はどこに住んでるの?王子様も大おじ様もアルバートさんだってわかったことだし、シカゴの本宅で一緒に暮らしてるんだろ?」

そう言った途端、アンソニーはさっきと同じ顔になった。
寂しそうな、それでいてどことなく嫉妬に近いものが見え隠れするような。
揺れるブルーの瞳は、彼がまだ少年だった日――「君は僕が王子様に似てるから好きなのか」と聞いてきたときの彼とそっくり同じだった。


「アルバートさんと一緒じゃないわ。これからポニーの家に住もうと思ってるのよ」

それでもアンソニーは何も応えない。

「ホントなの?」という顔つきでじっとキャンディを見つめたままだ。
すねているようにさえ見える。
なんだか自分よりいくつも年下に思えて、あやしたい気分になってきた。

「丘の上の王子様は確かにアルバートさんだわ。でも私にはもう一人大切な王子様がいるの。ついさっき初めてこの丘で会ったばかりだけど」

瞬間、アンソニーの顔がパッと輝いた。

もう迷わない!
すぐ近くにある白い両手を取って握りしめ、耳元にそっとささやく。

「この丘はなんて素敵なんだろう。夢に見たとおりの場所だよ。ねえ、君は覚えてる?きつね狩りの日に言ったよね。いつかポニーの丘へ一緒に行こうって。あれから何年経ったろう。約束を果たせないまま時だけが流れて苦しかった。今までごめん。僕が生きてることを黙っててホントにごめん」

キャンディの頬を、また涙の粒が伝って落ちる。

ううん、あなたが生きててくれただけで嬉しいの――そう言いたいのに声にならない。

何度も何度も頭を左右に振ることしかできない。

小さな肩をそっと引き寄せると柔らかい頬に触れ、アンソニーはキャンディの涙を静かにぬぐった。

「君には笑顔が一番似合うよ」

キャンディは照れ臭そうに、手の甲で顔をゴシゴシこする。

「良かったわ。私の手、今日は泥だらけじゃなくて。初めてバラの門で会ったとき、こうやって顔をこすったら手の泥が顔について、あなたに笑われちゃったんですもの」
「もう笑わないよ。レディーにそんなことしたら失礼だからね」

そう言いながらアンソニーはくすっと笑った。

「ねえキャンディ、聞きたいことが沢山あるんだ。君が今までどんな人と出会ってどんなふうに生きてきたのか」
「私もよ。きつね狩りのあとから今日まであなたがどうやって過ごしてきたか知りたいの。話してくれる?」
「勿論さ。正直に全部言うから、君もありのままを聞かせて」
「なんだか怖いわ。どんな話を聞かされるのかしら」
「今は秘密・・・さ」

ウィンクするアンソニーの頬に、初夏の太陽がオレンジの筋を投げる。
透けたブロンドがキラキラ光り、キャンディを見つめる青い瞳は丘を駆け抜ける風のように爽やかだ。
その姿は神々しいほどだった。

「君を悲しませたことの償いをしたいんだ、どんなに時間がかかっても。もし許してくれるなら」

エメラルドの瞳がキラキラ輝き、嬉しそうにうなずく。


「じゃあ一緒に丘を駆け下りよう!ポニーの家でみんな待ってるからね」


差し出された大きな手。

ためらわずに自分の手を重ね、強く握り返してくる彼の体温を感じる。

ああ、生きているんだ!

これからもずっとずっと、こうして並んで走っていける――それは確かな予感だった。


神様、ありがとうございます。沢山の素晴らしい出会いを与えてくださって。
ポニー先生、レイン先生、ステア、アーチー、アニー、パティ。
心から愛してやまないテリィ。
懐かしい王子様、いくらお礼を言っても言い足りない大おじ様、大切な大切なアルバートさん。
そしてアンソニー ――私の人生に彼を返してくださったこと、心から感謝いたします。
私は今 幸せです。
とてもとても幸せです。








あとがき


思春期の頃、キャンディキャンディが最終回を迎えてあのラストシーンを読んだあと、ため息ばかりついていました。当時の私はキャンディキャンディの主題など考えたこともなく、ただ「アンソニーが好き」「テリィが好き」と騒いでいただけ。だから理想としては、やっぱりラストではテリィにキャンディを迎えに来てほしかった。アンソニーが生き返ることは無理そうでしたから。

なので、アルバートさんが丘の上の王子様であることが明かされて「おしまい」っていうのは、なんとなく物足りない感じがしました。アンソニーもテリィも失ったキャンディが、今になって王子様の正体を知ったところでどうなるんだろう?って。全く読解力がない子供だったんですね(^^ゞ
今ならあのラストシーンに納得できますし、非常によくできたお話だなと感心することしきりです。
私的には あのあとキャンディはアルバートさんと結ばれると思うわけです。(あくまで個人的な意見ですヨ!) 

が、それでも「テリィとハッピーエンドバージョン」か「アンソニーとハッピーエンドバージョン」のどちらかを読んでみたい自分がいます。キャンディと死に別れ or 生き別れた彼らが可哀想すぎて。子供時代からほとんどアタマが進化してないんですな~(笑)

それで思い出したのが、巷でちょこっと話題になった噂話。「アンソニーが本当は生きていて、ラストで登場すると信じていた」というもの。「これはイケる!」と思いましたね。アンソニーをフィーチャーするブログとしては是非取り上げてみたいネタです。下手くそなストーリー展開で恐縮ですが、アンソニーの死を惜しむファンの皆様にひとときの夢を見ていただければ、こんな嬉しいことはありません。

アルバートファンの皆様には心からお詫びします。

決して原作を否定しているわけではないのです。物語の主軸をなすのはあくまでアルバートさんで、残念ながらアンソニーは「王子様のそっくりさん」に過ぎません。だから最後を締めるキーマンはアルバートさん以外にありえない。そうしないと、6歳のキャンディがポニーの丘で王子様に会った意味がなくなってしまいますもん。初恋の少年と丘の上で再会して幸せな未来を暗示しつつも、この先二人がどうなるか はっきり描かれないまま物語は幕を閉じました。

ということで、原作にならい、拙作でもラストを曖昧にしました。

アンソニーと進展しそうな雰囲気が濃厚ですが、どうやらアルバートさんのことも意識し始めたようだし、テリィにもまだまだ未練があるようだし・・・皆様のお好きな男性キャラとキャンディが結ばれますよう、都合よく未来を想像してくださいませ(笑)





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