スーパーこまち号にて 野上
ご無沙汰しすぎております。
野上です。
諸事情あり、こんなにも更新が滞ってしまいました。
大変大変大変、
申し訳ありません。
これからはもう少し気合い入れて更新していきますので、どうか見捨てることなくお付き合い頂けますでしょうか。
よろしくお願いします。
さて、
今、秋田に向かう車内です。
この二週間、この日のことばかりを考えてきました。
ついに決着戦を迎える、
テンコジVS飯塚矢野。
棚橋真壁ライガーキャプテンVSバレットクラブ。
そして、
永田VS桜庭を実況します。
特に、
永田戦は、正直むちゃくちゃドキドキしてます。
7月の頭に、永田選手を食事にお誘いし、酒を飲みながら色々なことを聞きました。
道場に取材に行き、真面目トーンの永田選手にも話を聞きました。
「桜庭は、日本格闘技界の砦だと思う。プロレスラーが総合の世界で活躍する姿を応援していたし、誇りにも思ってる」
永田選手は、曇りなく、迷いなく、桜庭選手を称えました。
かつて自らが歯痒い想いをした舞台から目をそらすでもなく否定するでもなく。
その上で、こうも語りました。
「今もストロングスタイルには、こだわりがあるとか、そんな話じゃない。ストロングスタイルは、昔からずっと背負い続けてきたんだ。ずっと昔から。もうそれは、ずっとずっと変わらない。」
18年前。
95年10月9日。
東京ドーム。
新日本対Uインター対抗戦。
第一試合。
あの日、タッグマッチで初めて交わった27歳の永田選手と26歳の桜庭選手。
あれから18年。
総合格闘技とプロレス。
それぞれの道を来た両雄。
紆余曲折、時を経て、
今だからかんじることは、
やはりどちらも、
プロレスラーを生き抜いてきたんだと思います。
奇しくも、異なる形で、プロレスのプライドを守り抜いた両雄。
4月7日。両国。
あの日のタッグマッチは、不本意な決着になりました。
試合後、右肘に包帯をぐるぐるに巻かれた桜庭選手は、その同じ手の小指で、永田選手と指切りをしました。
もう一度。もう一度。
戦おう。
同じ時代に生まれた運命を互いに受け止めるかのように。
子供のような無邪気な約束。
あれから三カ月半。
ついに実現するシングルマッチです。
奇しくも舞台は、
桜庭選手が生まれ育った街、秋田。
桜庭選手は、
デビュー以来初めて、
故郷でゴングを聞きます。
初めての凱旋試合。
初めての永田戦。
44歳の復帰戦。
運命をこの胸に感じながら、
野上の全身全霊のジャスティスを刻みます!!!
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