霧の旗(二)「先生だけを頼りにしてやって来たんです」 | 俺の命はウルトラ・アイ

霧の旗(二)「先生だけを頼りにしてやって来たんです」

 丸の内の大塚欽三弁護士事務所では

大塚が沢山の依頼を選び分けている多忙さ

であった。


 大企業の重役と思われる人物に、大塚は

弁護依頼を受けられないことを詫びる。


 日本で一番とも言われる高名な弁護士大塚

には毎日のように大企業から依頼が来ている。


 助手の奥村が一件の依頼を報告する。


 熊本から来た女性タイピストが、殺人事件で

捕えられた兄の弁護をして頂きたいと願い出て

いることを聞く。


 距離が遠く、規定の弁護料八十万円が払えない

と聞いて、大塚は軽く一笑する。

 奥村が断ろうとすると、大塚は九州から出てきた

こともあるし、自分が断ると語る。


 ここで二人の対面となる。


 女性がノックして、大塚は呼ぶ。


 「柳田桐子と申します。」


 桐子は入室し、大塚に何故来たのかと問われ、「先生

が日本で一番の弁護士さんと聞いたからです」と答え、

兄正夫が高利貸しの老婆が殺された事件で逮捕され

容疑者にされていることを語り、「先生でなければ兄は

救えないと思ったからです」と思いを熱く語る。


 大塚の目が厳しくなる。


 桐子「あたし、どうしても先生にお願いしたいんです」


 大塚「事件の内容を聞くことは遠慮します。」



 大塚は自分が引き受けるには高額の弁護料を貰うこ

とと時間がかかることを揚げ、九州まで行く暇はないと

冷厳に拒絶する。


 桐子は「先生だけを頼りに九州からやってきたんです。」


 お金がかかり、時間も暇もないと言われて、桐子は深い

悲しみを覚えるが冷静な態度で対応する。


 「わかりました。諦めます」


 一礼して一度、退室した後、再び入室して桐子は次の

言葉を言い残して去った。


 「先生、兄は死刑になるかもしれないんです。」


 大塚の顔色が厳しくなる。


 桐子にとって、大塚は、冤罪で捕えられた兄正夫を救出

しうる「ただ一人の弁護士」なのだ。


 彼女が長い道中を経て、彼女が大塚を尋ねたのは、全生涯

の情熱を結集した願いであった。


 「兄を助けて頂きたい」


 その気持ち一つで熊本から東京にやってきたのだ。


 ところが、弁護料を理由に大塚は断った。


 「ただ一人の先生」に応えて貰えなかったことの悲しみ。


 桐子の冷静な態度の奥底に燃え上がるものが生まれたの

である。


hata

 

                                 合掌