忠臣蔵 一九二六年尾上松之助主演版 | 俺の命はウルトラ・アイ

忠臣蔵 一九二六年尾上松之助主演版

『忠臣蔵』

活動大写真 現存版19分 白黒 無声

大正十五年(1926年)四月一日封切

 

制作 日活大将軍

 

総指揮 池永浩久  

    中村鶴三

撮影 松村清太郎

 

出演


尾上松之助(大石内蔵助良雄)

 

桂武男(浅野長矩)

 

 

河部五郎(村上喜剣・小林平八郎)

市川市丸(大石主税)

尾上卯多五郎(堀部弥兵衛・秋元但馬守)

片岡市堂(近松勘六)

尾上桃華(早水藤左衛門)

谷崎十郎(磯貝十郎左衛門)

嵐亀三郎(間喜兵衛)

大谷鬼笑(堀部安兵衛)

中村紅果(赤垣源蔵)

新妻四郎(不破数右衛門)

実川延一郎(寺坂吉右衛門)

尾上多見太郎(武林唯七)

片岡松燕(神崎与五郎)

実川延一郎(寺坂吉右衛門)

小泉嘉介(大野下僕銀助)

南光明(稲場丹後守)

三桝豊(建部監物)

高木永二(多門傳八郎)

中村吉次(大石下僕)

川田弘道(猿橋左内)

渡辺邦雄(糟屋平馬)

中村英雄(大石大三郎)

児島三郎(脇坂淡路守 和久半太夫)

中村仙之助(柳沢出羽守・清水一角)

坂東巴左衛門(大野九郎兵衛)

尾上華丈(大野群右衛門)

沢村春子(侍女おかの)

桜木梅子(瑶泉院)

市川春衛(大石の母)

酒井米子(苅藻太夫)

中村栄子(大石の妻・お石)

 

 

 

 

山本嘉一(吉良上野介義央)

 

中村鶴三=尾上松之助

 

桂武男=桂武夫

平成十八年(2006年)一月十三日

京都文化博物館

 

 

脚色 池田富保

 

監督 池田富保

 

 

 

 尾上松之助(おのえ・まつのすけ)は明

治八年(1875年)九月十二日に誕生し、大

正十五年(1926年)九月十一日に満年齢五十

歳・数え年五十一歳で死去した。

 

 本名を中村鶴三と申し上げる。日本映画無声

時代の大スターで生涯千本以上の映画に主演

したと言われている。目玉の松っちゃんの愛称

で親しまれた。

 

 

「日本のグリフィス」と呼ばれた巨匠

池田富保監督と松之助が組んだ、

大作「忠臣蔵」映画である。

 

 一九一二年版の『忠臣蔵』はライティ

ングを未だ自然光に頼っていたり、書割

の絵を背景にしたりしていたが、十四年

後に制作された、この池田版『忠臣蔵』

を見ると、「忠臣蔵」映画自体の撮影技

術・美術が大いに発展・進歩したことが、

伺える。


 

  赤穂城評定における松之助の内蔵助

の重厚な風格は圧巻である。

 

 祇園での放蕩を経て、母に叱られる内

蔵助。ここで、松之助は、大石の人間的

な弱さも、しみじみと伝えてくれる。

 子供達との別れの場が、切ない。 

 

 わずかな出番だが、山本嘉一の吉良の

登場シーンもある。

 残存部分の映像には、表情に憎らしさ

と共に、高家の気品がある。


 

 山本嘉一(一八七七年九月六日-一九

三九年十二月十七日)は、若き日に川上

音次郎一座に入って新演劇(後の新派)の

舞台において活躍し、一九一一年の音次

郎の死後、その妻貞奴を支えた。一九一

七年映画界に入り、日活の名優として活躍

する。

 

 松之助が「重役さん」と呼ばれたのに対し、

嘉一は「先生」と呼ばれていた。二大名優

の競演作品としても、この池田監督版『忠

臣蔵』は注目されたらしい。

 

 同一九二六年、池田監督とコラボを組ん

だ『水戸黄門漫遊記』の三十一分版が京

都文化博物館に保存されているが、この

短い版からも、嘉一の黄門様の温厚篤実

な個性が溢れている。

 

 同じ年の『忠臣蔵』とは、目に現れるも

のが全く違う。『忠臣蔵』では視線に迫力

があるが、『水戸黄門漫遊記』では眼光に

暖かさがある。

 

 トーキー時代では、一九三八年、日活太

秦のマキノ正博・池田富保監督『忠臣蔵』

では、片岡千恵蔵の浅野長矩をネチネチ

と執拗にいじめぬく憎たらしさとずる賢さが

圧巻であった。

 

 嘉一は、優しい黄門と憎たらしい吉良、

という時代劇における二大老人役を、共に

当たり役にした名優であった。

 

 後に、月形龍之介や西村晃が、光圀・

義央の二役でそれぞれ、深い名演を現

すが、その芸道の先駆者が嘉一であっ

たことが窺えよう。

 

 十九分という短い版しか現存していない

のは残念ではあるものの、その短い版か

らも、大正時代の『忠臣蔵』映画の迫力が

心に熱く伝わってくる。


 

             文中敬称略



                合掌