山中鹿介とは何者? | 戦国武将についてみんなが知りたい事☆戦国IXA・戦国BASARA・戦国無双・戦国大戦の人気武将たち

山中鹿介とは何者?

「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」


ドMですか!?


いいえ、島根県に住むひとりの若者が三日月に願ったのです。


「願わくは、我に七難八苦を与えたまえ」


島根県の殿様が、
広島県の毛利とかいう胡散臭いおっさんに攻められて
島根県を追い出されてしまいました。


もうすでにこの時から彼のドM人生は始まっていたのですビックリマーク


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山中鹿介(本名:山中 幸盛)


このドM君は、
島根県を取り戻そうと再三に渡り毛利に歯向かいます。


地元のかつての仲間を集めて毛利軍に抵抗したりもしました。
一時は勢力を盛り返したのですが、
結局仲間の裏切りにより敵に捕まってしまいます。


普通ならそのまま首を切られて終わりです。


しかし、ドM君はそう簡単にはやられませんビックリマーク


自分の股を自ら切りつけました。
そして、

「お腹痛-っ、赤痢かもしんないガーントイレに行かせてくれー」


と叫んで一晩中トイレに通いました。


最初は見張りの兵に警戒されていましたが、
何度も行くうちに警戒されなくなりました。


これはチャンスとばかりに、
ドM君は便器の中にドボンビックリマーク


そのまんま脱走しました。

そのあとドM君は、海賊を集めて再起。
時の人「織田信長」を頼り、遂に再興を果たします。


が、またまた仲間の裏切りにより毛利に退けられます。


最終的には、織田軍団に見放されて
宿敵毛利氏に捕まり島根県の殿様は切腹してしまいます。


殿様が切腹する際にドM君は殿様に

「自分が必ず再興するので、心置きなく自害して下さい」

と語ったと言われています。


その執念に恐怖を覚えた毛利家臣が
山中鹿之助を護送中に殺害してしまい、彼の一生は終えました。。


ドM君は悲運の英雄として後世に伝えられ、
明治時代以降の教科書にも七難八苦を祈った話が採用されています。


ドMですか!?


いいえ、違います!
武士道精神を貫く忠義の男、山中鹿介です。



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