車に乗らなくなった米国人
若者は「忙しいから」免許を取らない
2013年10月29日(Tue) 石 紀美子
経済が回復している米国で、不気味なまでにいつまでも回復しない社会現象がある。1つは雇用。もう1つは米国人の運転距離である。車の走行距離の積算は、2005年をピークに減り続けている。つまり、米国人は以前より運転しなくなっている。
積算運転距離の減少だけでなく、今年に入って発表されたいくつかの調査結果は、米国人の車に対する意識変化を如実に示している。
米国の象徴であり、基幹産業である自動車。大手自動車メーカーも、メーカーの労働組合も、共に絶大な政治力を持っている。当然、調査結果に嫌悪感を示し、車離れは不景気による一過性のものだと“火消し”に躍起になっている。
「車依存症」とも言えた米国社会は、変わろうとしているのだろうか。もしそうだとしたら、その影響は計り知れない。街づくりも公共事業の計画も、生活のあり方全てが「車社会」を前提として築かれてきたからだ。
経済が回復しても減り続ける運転距離
米国運輸省が毎月発表している米国人の積算運転距離のデータを見ると、経済が不調だと必ず運転距離の量は減っていることが分かる。70年代からのデータを見ると一目瞭然で、不況に入るとすぐに積算運転距離が減り始め、経済が回復するにつれて再び上昇する。
ちなみにこれまで最も運転距離が減ったのは、70年代後半のオイルショックの後だ。このときは26カ月にわたって減少し続け、経済の回復とともに再び増え始めた。
今回の運転距離の減少には、特殊な点が2つある。
1つは、不況に入る前の2005年から減少が始まっている点だ。もう1つは、経済が回復基調に転じても、運転距離が一向に増えない点である。現時点で92カ月間にわたり減少を続けており、専門家は「異常事態だ」と見ている。
ガソリン価格が史上最高額を記録するほど高騰しているのが理由だという声もある。しかし、価格が高騰したときも、安定した2011年以降も、運転距離は同じように減り続けている。
ベビーブーマーの高齢化が理由だと言う専門家もいる。確かに米国では、55歳を超えると運転距離が減る傾向にあるというのが定説だ。ベビーブーマーが運転しなくなってきているのが全体の運転距離に響いている、という指摘だ。しかし、ここまで減少が激しい理由は説明できない。
車に興味を持たない若年層
2013年8月に、自動車関係の調査で世界的な権威であるミシガン大学の運輸調査研究所があるリポートを公表し、自動車業界に衝撃を与えた。
米国人の運転距離が減っている大きな原因は「16歳から34歳の若い層で急速な車離れが起こっているから」だというのだ。
この年齢グループは、2001年から2009年の間に積算運転距離が23%も減っている。一方で、公共交通機関の利用率は40%も上がっている。自転車通勤は24%の上昇だ。
一昔前は、米国の若者は16歳前後になると(州により免許を取れる年齢が異なる)こぞって運転免許を取った。車に乗ることが、自由への第一歩であり、大人の証しだった。
夏休みに朝から晩までバイトし、貯めた金でボロボロの中古車を買い、愛車に乗って友人たちと遊び回った。その様子は米国の青春映画を見れば必ず描かれている。
現在では、18歳の免許所有率は半数強と、過去に比べて激減している(AAA調査)。日本で若者の車離れが叫ばれるようになって久しいが、米国でも同様の現象が起きているのだ。
「なぜ免許を取らないのか」という質問に対して一番多かった回答は、「忙しいから」というもの。2番目に多かった回答は「維持費が高いから」。3番目の回答は「乗せてくれる人がいるから」だった。
一見、情けなくなるような理由ばかりだが、維持費が高いというのは切実な理由だ。若いドライバーの事故率が高いため、近年、保険料は高騰した。また、安全基準が厳しくなったため、若者が昔のようにボロボロの中古車を安く手に入れることが難しくなっている。
免許取得に関しても、若い年齢層にはより多くの練習とテストを課する州が多い。「面倒くさい」「他にすることがある」という理由も分からないではない。
米国の街の風景はどう変わるのか
一昔前、自家用車は「自由」と同じ意味合いを持っていた。だからこそ、米国のティーンエイジャーは誕生日を心待ちにし、年齢に達すればすぐに免許を取った。
現在、ティーンエイジャーが自由を獲得するのは、携帯電話やスマートフォンを与えられたときである。ソーシャルメディアで友達たちと交流し、どこに行けば誰に会えるか、どんな楽しいイベントが開催されているのか、あっという間に情報を得ることができる。
また、巷にあふれる様々なカーシェアリングのサービスをスマートフォンで利用することができるし、無料のカープールサービスも利用できる。公共交通機関を利用するときも、スマートフォンのアプリを使えば最も効率的な乗り方をすぐに調べることができる。待ち時間だってスマートフォンがあれば苦にならない。にっちもさっちもいかなくなったら、親に電話すればすぐに迎えに来てくれる。
自転車を利用する環境も整ってきた。バスや電車に自転車を持ち込めるようになり、専用の道路も増えている。
こうしたなかで若者が車を運転したり所有したりすることをバカバカしいと思い始めてもおかしくないと言えよう。
車離れは若い層に限らず、いずれ社会全体に広がっていくだろう。米国が車依存の状態から脱するとなると、この先の高速道路拡張計画や、将来的に財源として考えられている道路からの収入も見直さなければならなくなる。自動車業界のみならず政府や自治体も大きな損失を被ることになるだろう。車離れを認めようとしないのもうなずける。
車離れは果たして続くのか。続くとしたら、50年後の米国の街はどのような風景になるのだろうか。車依存世代の筆者には想像もできない世界だ。
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