死なない。

母は死なない。

家の中は綿埃だらけで、
洗濯物も溜まりに溜まり、
生え際に出て来た白髪をヘナで染める時間もなく、
もう疲労で朦朧として生きているのに
母は死なない。

若い女と同棲している夫がいて、
その夫とのことを考えねばならないのに、
母は死なない。

ママ、いったい
いつになったら
死んでくれるの?



晩御飯、これでどうよ!

「母の遺産~新聞小説~」水村美苗

これは、恐ろしい小説です。


作者の水村さんが、

お母様の介護をされた体験をもとに書かれた小説で


半分まで読んで、

やっとお母さまが亡くなったところで

私も、ホッとしているところ


と書くと、

「ひどいことを言う」

とお思いでしょうが、


お母さまご自身が

「もうたくさん」

「こんな体になって生きていてもしょうがないわ」


と強く強く思っていて、


元気なころから延命治療は絶対にしないでと言ってて


娘として、その最後の願いを

かなえてあげたいと思っていても

そうできない、

母親を死なせてくれる病院を

探しまわらなければならない

日本の医療体制の不思議さ、理不尽さ

(たまたま担当の医者が、

思考停止というか

思考硬直タイプの人だったからかもしれないですが)



でも、

私がもっともショックを受けたのは、

作者のお母様の

「こんな人生なら、もう生きているのは嫌だ」

という、あまりに強い拒絶の気持ち


豪華な介護ホームの大食堂で

大勢の人に囲まれて食事をしていても

母一人、
寒風が吹きぬける枯野に座り
辺りには乾ききった葉が
音もなく舞っていた。




「自分は不幸だ」

という思いに疫病神のようにとりつかれてしまった

お母様の深い深い絶望感に

立ちすくんでしまう思いでした。


その絶望感を、娘である作者は

「生というものから、
華やぎを求めすぎた罰でも受けているよう」

と描写してます。


罰、と思うのには理由があります。


美しく、自信家で

虚栄心が強く

そして、芸術、美、華やかさ

そいうったものに異常に固執していた母



父が、糖尿病になって目が不自由になり

仕事を失い、

介護が必要になると


まるで、熱いものに触って抛り出すように

逃げ出し



やさしくて贅沢好みだった父を

劣悪な環境の病院に6年間うち捨てて

見舞いにもいかず

安っぽい若い男との恋愛にふけて

父の死に目にも駆けつけず


結局は、その男にも捨てられてしまったのです。


人生から「華やぎ」しか受取ろうとしなかった

それ以外のものは断固として拒否した

そんな母親の生き方に作者が

複雑な思いを抱く気持ちはわかりすぎるほどわかりますが


でも私はこの本の前に、

お母様が自分の生い立ちと、

自分自身の母親の秘密を描いた


晩御飯、これでどうよ!

この本を先に読んでいたので

人生に華やかさを求めすぎた

この母の気持ちもわかるのです。

この本についてのブログ
ここ



晩御飯、これでどうよ!

(本のカバーから)

晩年もこれだけあでやかなかただったら

若い頃はさぞかし、美しかったことでしょう


その美しさで、みじめな境遇から抜け出そうと

けんめいにもがき、



裕福な親戚の結婚式で

「華族のお嬢様」

に間違えられて有頂天になり


その勢いで、あこがれていた富裕なグループの

一人と結婚できたその歓喜と、

少しだけ見えかけた現実にたじろぐところで

この本は終わっています。


そして「母の遺産」では、

その華やかな美少女が、一気に、

介護される老人になって

私の前にあらわれたのです。


生というものに、

優雅さとか華やぎを求める

その気持ちは

私の中にもあります。


昨日行ったような、素敵なレストランや

素晴らしい旅館、ホテルで

「生きている喜びとはこういう瞬間だ」

という気持ちを味わい尽くしている時に


ふとしのびよる不安、おそろしさ


あまりに喜びが大きすぎると

それを失った時に、

耐えられないのではないか


という予感なのではなかったか、と

この本を読んで気がつきました。



それから、いろいろなことも考えさせられました


私の母は、40年以上まえ

本屋もない秋田のど田舎で

まわりの農家では

農協の機関誌「家の光」くらいしか

雑誌を読んでいなかった時に

「ミセス」を定期購読していました。


私の憧れとか美的感覚とかの根っこは、

母が大事にとっておいた「ミセス」にあると思っています


母にも、人生に華やかさを求め、

美と芸術にあこがれる

水村さんのお母さんと同じ魂があった

(最後まで、そんな生活はかなわなかったけれど)



なぜこの母が、私の父のような人間の

後妻におさまらなければならなかったか


私の生みの母のことを、なぜ

誰もくわしく教えてくれなかったのか


そのことを、私は最近、

ある小説の一説を読んで

「こういうことだったのか!Σ(゚д゚;)

と、突如として理解したのですが


そのことは、またあらためて

いつか書きたいと思います。


とりとめなくて申し訳ありませんが、

なんとこの本の感想は


続きますざっくぅ