【ベトナム旅行 6】クチトンネル | *Travel Note*

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クアラルンプールからの旅の記録。
東南アジアを主とするホテル日記•食日記•観光記/時々マレーシア情報



ご無沙汰しております。本日は、週末メンテとして行って来たモロッコ風トルコ風呂。

とれたての土のついた新鮮な野菜になった気分を体験致しました。こちらは、

ホーチミン旅行記事が
終わったらまた書かせて頂こうと思います



ホーチミン滞在中は、あまり観光はしていないのですが、唯一行った数カ所を

ご紹介して行きます。



【ホーチミン•プライベートツアー / クチトンネル】






私達がプライベートツアーをお願いしたのは、こちら

本来、ホーチミン中心部であれば、ホテルピックアップしてもらえるのですが、

宿泊していた7区は、ピックアップ圏外だった為、早朝にこちらの営業所まで

タクシーで行く事となりました







最初にむかったのは、ベトナム戦争時代の負の遺産、クチトンネル

南ベトナム解放戦線でアメリカ軍を撤退に追い込んだと言われるこのクチトンネル。

入口は、こんなに小さめ。私も試してみたのですが、万歳した状態で自分の身長より

高めの所に降りて上がってこられるのか不安すぎて入口で断念。




当時のベトコン兵士達の様子、地雷で壊れてしまった米国戦車







ベトコン兵士達がはいているサンダルは↑タイヤを再利用







MILITARIZED ARCHITECTUREよりお借りしたイメージこちら



ありの巣状態のこのトンネル、中には病院、会議室、キッチン、寝室等があり、全長は記述のモノにより

異なり確かではありませんが、200キロ~250キロ。

日中は、米兵に見つからないようにトンネル内で生活し、夜に畑等耕しながら生活していたようです。

現在、観光用に穴をすこし広げているようですが、当時は人がやっと入れる程の大きさ。

米国人の体の大きさではとても奥まで進む事は難しいと思われます。








最終的には3層分、5階建て程の深さのあるトンネルになっていったそうです。↑右下






串刺しトラップ



観光用に入れるトンネル部分があります。男性だとかがんだ状態で前に進まなければ

ならず動きづらそうです。私は中腰で。









中は、湿度が高く蒸し暑くて息苦しく、薄暗いので、閉所恐怖症気味の私は、

一刻も早く出たい空間でした
こんな所で、何十年も住まなければならなかった


戦争時代、、、、想像を絶するものがあります。。。

進める人は、100m程
進んで出ても良いのですが、無理です





生春巻きの皮づくり



餃子の皮的な作り方を想像していましたが、クレープ風に一瞬で出来上がります。






見学途中、雨に降られゆっくり周る事が困難となった為、雨宿りしながら当時、

兵士達が食べていたタピオカ芋をナッツ/塩?/砂糖をつけながら、頂きました。

朝ご飯を食べていなくてお腹が空いていた事も
あり美味しく頂きましたw ささのお茶と一緒に。




ベトナムには以前から来たかったのですが、正直、ホーチミンは都市であり、勝手に抱くベトナム的世界

ホイアンやハノイ程の魅力を感じていたわけではありませんでした。


が、ベトナム初の場所がホーチミンだったからわかった事、(北と南)人種間での確執、共産国でありながら、

ホーチミンにそんな雰囲気を全く感じさせない理由、北に行く程中国的な文化が色濃く残っている事等

がなんとなく分かってきて、ベトナム入門編としてはかなり良い体験となりました。






ベトナム社会主義共和国 つづく ベトナム社会主義共和国

ホーチミンまとめ記事については、こちらからどうぞ。



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