第50章    新居 | 或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

或る愛のうた~不倫、愛と憎しみの残骸たち~

不倫、生と死を見つめる、本当にあった壮絶な話

ビデオ店の大当たりで、向かうところ敵なしの状態だった仁は、千代にある提案をした。


     「いつまでも、テナントを借りるのは家賃がもったいない。

      1階はビデオ店、2階を君の住居にした店舗兼住宅を建てようじゃないか!」






その提案は、千代でさえ本気にしなかった夢物語に思えたが

時はバブル絶頂期。条件は揃っていた。

仁は早速、立地条件に合いそうな

自宅からそう遠くない場所に土地を見つけ

鉄筋総コンクリの愛の巣の設計に取り掛かった。

仁の思いつきを止められる者などもはや誰もいない。

仁は会社名義で借金をし、総工費1億をかけて愛人のために家を建てた。

その借金の連帯保証人は妻である雪枝。

今これだけの借金をしても

テナント料と2階に住む人からの家賃で借金は返済できるのだと

仁は雪枝に説明した。

雪枝は愛人が住むとはよもや思わずに

会社名義だからお前が保証人なのは当然だろうと言わんばかりの

仁の説得にしぶしぶ応じる。







ALIがあと1年で小学校を卒業だというその時期に、ALIはまた転校を余儀なくされた。

新しい家も、新しい学校も、

さして不満はなかったがせっかく出来た友達と離れるのは寂しい気持ちだった。

新しい家は、全ての部屋に鍵が付けられ

仁が設計しただけに家の中は迷路さながらのめちゃくちゃな間取りだった。

仁と千代の寝室にはトイレと風呂場が付いており

それとはまた別にトイレと風呂場

窓のない閉ざされた部屋がひとつあったのだが

そこにもシャワールームが取り付けられた。

30畳のLDKには仁の趣味の骨董品が所狭しと並べられ

ALIの家であるにもかかわらず、

手を触れてはいけないものが多数存在した。

その他にも、仁の書斎と称し、

ALIは絶対に入ってはならない禁断の部屋もあった。

そこにはアダルトビデオや、卑猥なポスター、SM道具、

そういったものが陳列されていたのだ。

新しい家は防音設備に相当の金をかけたらしく

夜にふたりの戯れる声が完全にシャットアウトされてたことだけは

思春期にさしかかるALIにとっては良かったかもしれないが。

結局ALIは何回引越しを重ねても

自分の安心していられる場所はALIに与えられた部屋のみだった。






千代は引越しした当初、やはり喜んではいた。

愛の証とでも思っていたのだろう。

仁の自宅に近くなったこともあり

仁はいつもより長い時間千代のもとにいるようになったし、

子供たちが大学に行ってしまってから

仁と本妻の仲は急速に疎遠になったように千代には感じられた。


    「妻とは、会社の借り入れの関係もあってそう簡単に離婚も出来ないんだよ。」


    「妻との間に愛はないんだ。あっちも会社のことがあるから僕と暮らしてるだけなんだよ。

     保証人と別居なんて、銀行のウケが悪いだろう?」





家だけ与えて、なかなかこっちに籍を持ってこようとしない仁の言い訳も

あながち嘘ではないのだろうと

千代は思っていた。

あと、数年・・・

あのカオリという娘が大学を卒業し、結婚すれば、本当の夫婦になれる。

この家は、仁の決意の表れなのだ。

千代は純粋に、仁の言い訳を信じた。






実際は

離婚のリの字も言い出さず

愛人の家で夕飯を済ませているだろう仁のために

それでも本妻は仁の好物ばかりを並べた食卓を前に

孤独に夫の帰りを待っている状態だと言うのに。








そして、雪枝は再び聞いてしまう。あの、噂好きの従業員川田から。


    「奥様。あの新しい店舗、誰が住んでいるかご存知?」と。


それは長い長い雪枝の堪忍袋の緒が切れた瞬間であった。


あじさい