The Rabin Ezra Scholarship Trust | 王様の耳はロバの耳

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ゆがんだかがくしゃのたのしいにっきだよ

昔、イギリスのCriterionというゲーム会社で「RenderWare」というPlayStation2などに採用されていたマルチプラットフォームを特徴にしたレンダリングエンジンの仕事をしていました。

クライテリオン自体、Canonの欧州研究所のスピンアウトが3人で立ち上げた会社で、現在は世界最大のゲーム会社EAに買収されグループ会社になりました。まあこのこと自体は今日のアーティクルとは関係ないので割愛しますが、今日は、立ち上げのときからずっとコアの技術をやってきた古い友人の話をします。

Rabin Ezra(レイビン・エズラ)というイギリス人です。
RenderWareのコアを見たことがある人は、ヘッダファイルなどで名前を見たことがあるかもしれません。
親日家で日本語検定3級ぐらいもってました。照れ屋であまり人前で日本語をしゃべることはありませんでしたが。クライテリオンのエンジニアは、生粋の英国調エンジニアと言うか、理路整然としていないと嫌だ、と言うタイプが多くて、私もかなり叩き込まれました。英語も、プログラミングも。そんな中でもレイビンは、物静かにやさしく微笑んでくれた、そういう人です。
レイビンは、技術の核の担当者と言うこともあり、いつも誰からも切望されていました。RenderWareのお客さんは当然のこと、Criterion内部でも、CanonのMR研といったコラボレーターも「不可能を可能にする仕事」は常に彼の仕事でした。

たとえば、PlayStation2初期の頃はCPU上の演算が主で「どうがんばっても4名までしか人間が書けない」という状況でしたが。rpSkinというスキン&ボーンズデフォメーションをVU側で行うプラグインを彼らが書いてくれたおかげで、22名以上、つまりサッカーゲームが作れるほどのパフォーマンスをたたき出すことが可能になりました。そう、これが無ければ「ウイニングイレブン5」は存在していなかったかもしれないのです。
他にも、MR研との仕事では、左右眼映像が1行ごとに入れ替わる、メガネなしレンチキュラディスプレイのための特別なレンダラをものの数日で書いてくれました。
そう、忘れもしないSIGGRAPH2000では、SCEIのGSCUBEのプロジェクトに付き合って、近くのホテルにカンズメになって、PDIドリームワークスの「Antes」5000体レンダリングなんて仕事もしていました(このときはFinalFantasyのほうが日本人には話題になってましたけど…)。

そんなスーパーマン中のスーパーマン、レイビンは日本好きということもあって、私はよくしてもらっていました。彼が日本に来たときも、うちの嫁とよく3人で鎌倉にいったりしました。雨の鎌倉を靴ごとびしょびしょにして、歩き回って、両親のためのお土産の鉄鈴を買ったりしたものです。彼自身、日本語を学ぶのがどんなに大変かを知っていたので、私や嫁がいい加減で貧相な英語をしゃべっても、無愛想にしたりは絶対にしませんでした。本当にやさしい、いい人でした。

クライテリオンのビジネスが上向きになって、彼はロンドン近郊にマンションを買いました。確か両親を思ってのことだったと思います。その後、クライテリオンが買収されて、多くのエンジニアがアメリカに渡ったり、散り散りになったりしましたが、彼はその後SCEE(欧州)に移籍し、グラフィック関係のR&D仕事を続けていました。

私がフランスにきてからは「いつかロンドンで学会が開催されたら、マンション見に行くから!」と言っていたものです。
時間帯が近いので、いつもMSNのポップアップを見ていました。
そんな、2005年夏のことです。旧同僚のナカムラさんから悲しい知らせをいただきました。

レイビンが会社の仕事でMalta島のゲーム会社を訪問したときに急性肺炎にかかって他界してしまいました。

私は…私だけでなくレイビンを知っている人、おそらくみんなが、本当に突然のことで、驚きと、悲しさと、喪失感に襲われたとおもいます。

もう二度と立ち上がることの無いMSN。
メールを送っても二度と返事は返ってこないでしょう(何度か送ったこともあります)。

「rabin@acm.org」という、彼のニックネームでもあったACMのメールアカウントでGoogleを検索すると、今でもSambaのChange-logに書かれています。
http://samba.org/ftp/unpacked/samba_3_0/source/change-log

彼は本当に名前の残るべき仕事をしていました。
彼は本当に、短い生涯でしたが、リアルタイムグラフィックスの中で、大きな仕事を微笑みとともに、たくさんやり遂げました。

時々、イギリスで学会があると、いつもレイビンのことを思い出します。
いつか、お墓参りにいきたいとも思います。

そんな日々をすごしていた昨秋、またナカムラさんからメールが舞い込みました。
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この度、Rabin のご両親がチャリティを設立しCG 関連の研究をする学生を対象に奨学金を付与することになりました。

Criterion 側ではRichard Parr (rparr at europe.ea.com) が中心となり、寄付のとりまとめや、奨学金付与対象のプロジェクト選考のコミティに参加しています。白井さんご自身も含め、お知り合いでこのチャリティ、奨学金にご興味があるかたがいらっしゃればと思いご案内する次第です。
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本当に!驚きました。
そして、感動しました。
なんてすばらしいご両親なんだろう!レイビンのご両親は!

しかも、CG関係の奨学金なんて本当に、全くと言っていいほど存在しません。
すぐに心当たりのある学生さんには紹介しました。
(残念ながらそれほど英語力がある学生さんに知り合いがいないのですが…)

詳細はこちらのURLで入手することができます。
http://www.rabinezra.info
亡くなった息子のために、こんなサイトまで用意してくれるご両親。本当に胸を打たれます。

奨学金に関する要綱はこちらです
http://www.cs.ucl.ac.uk/staff/m.slater/Private/Rabin/Fund/applicant-info.pdf

なお奨学金の初めての募集締め切りは1月19日です。
どういうわけか、この日はたくさんの締め切りがありますね…複数のコンピュータゲーム関係の学会、SIGGRAPH、etc....。

でも若い皆さんは、臆せず、そして笑顔で、
コンピュータグラフィックスの魅力の世界に挑戦していってほしいと思います。


私の心の中のレイビン・エズラに捧げます。